Ask @TatsuoIto:

言葉の整理がなかなかつかないのですが、 「状況把握」することは、一連の行動が状況を指し示すとのことですが、そこから「意図」を読んで、「意味合いを見出す」ことがインサイトと呼ばれるものなのでしょうか。

askももう終わりだなと思うレベルのUXになってきましたね。
インサイトは主語にとっての意味合いです。コンサルティング実務において、主語は企業です。だから、企業にとって意味のある事実が見つかれば、インサイトが発揮できたと言えます。忘れてはいけないのですが、企業がサステイナブルでなければサービスは維持できませんね。ユーザーの一連の行動はユーザーの置かれた状況を指し示しますが、そこで分かった事実としての状況が、企業にとって意味があるかないかが大事です。
取り急ぎ、ご回答まで。

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自分の中で腑に落ちないことがあったとき、どのようにして解消してますか…?

解消しないことが大事だと思っています。それはつまり、ずっと考える容量を与え続けるということが大事だということなのでしょう。そして、徐々に考えた量が積み重なると、いろいろと見えてくるものがあると思います。ただ、腑に落ちるかどうかはまた別の問題で、結論は保留しながら考え続けることが大事だと思います。

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状況発生頻度の把握は、つまり行動ログを取得できる環境し、把握することが第一ステップということでしょうか。

そうですね。行動ログを取って、その一連の行動が状況を指し示すという考え方をするのが妥当だと思っています。ただ、一般的には行動データが状況に結びつくと理解している人はほぼいませんし、シークエンス分析がちゃんとできる人やツールがなかなか存在しないことが問題ですね。

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記憶力が悪くて残念な気分にいつもなるのですが、どうすれば鍛えられますでしょうか。繰り返して覚えたと思っても忘れていってしまいます。

人は忘れることで生きていけます。忘れるということが機能しなければ、とてもしんどい暮らしをすることになります。だから、忘れる人は健全であるわけです。
すると、質問の意図としては、どうすれば忘れたくないことは覚えたままでいて、どうでもいいことは忘れ続けられるのか?ということなのでしょう。
テクニカルにはいろいろあると思いますが、言語レベルでのテクニカルなお話としては、覚えようとしている対象概念をできるだけ細かく描写することでしょうね。そうすると、逆に記憶が大変な気がしますが、かえって覚えられる面があります。
モーダルチャネルを増やす、入出力を繰り返し行う方法もあります。要は、見る、聞く、書く、感じるという人間の五感を駆使し、常に複数チャネルを使って入出力の両者を行うことによって覚えるという方法ですね。
あとは、情動を使うという方法があります。強い情動を伴う体験は記憶に残りますよね。自分の情動をコントロールして、記憶することが快の情動に結びつく形をうまく作れれば覚えられるでしょうね。快と恐怖との両方の情動をうまく使っても覚えられるでしょう。覚えられれば報酬がある、ダメなら罰則がある。そうすると、覚えられたときの快の情動と、ダメだった時の恐怖の情動があいまって、いろいろと覚えられるでしょう。
あとは、無意識的な心象風景みたいなものと対応付けを行うといったことがあるのですが、無意識的なところをいじると、割と副作用があるのでお勧めはしません。眠れなくなったり、オンオフが下手になったりします。覚えたくないものを対応付けしてしまって、生活に支障が出るといったこともあります。
私が知る記憶の方法は以上です。鍛えるというのは、それぞれの方法を繰り返し行うということですね。私は全部やってみましたが、お金がちゃんともらえる、評価されるお仕事に必要なことは覚えられる、という状況にはなっています。いわゆる報酬がクリティカルですね。
取り急ぎ、ご回答まで。

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いつもメルマガを楽しみにしておりますが待遠しいため、過去のメルマガを読めたりできるような手段や環境はございますか。

ごめんなさい。最近、メルマガ送れていないですね。G SUITEが不具合で、ちょっと送れないのです。アメリカの会社の配信システムに登録して、リストの移行もしたので、あとは出すだけなのですが、まだ出せていません。すいません。
過去のメールマガジンは読めません。ごめんなさい。前はまぐまぐやmelma等の配信スタンドも使っていたのですが、自社配信100%に切り替えてからはそういうこともやれなさそうですし。
今は、YouTubeにアップ用の動画を撮ったりしていますが、クオリティが今一つなので、もうちょっとお待ちください。
情報の配信は今後も続けていくつもりではあるので、もう少々お待ちいただければと思います。よろしくお願いいたします。

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伊藤先生、こんにちは。 夢は持たなければならないものですか?

別に持っても持たなくてもいいなじゃないですかね。
最近は「夢を持て!」という上の世代、「やりたいことが分からない下の世代」みたいな話があると思います。
「俺たちは夢を持ったもんだ」とおっしゃる人もいますが、持ち家を持つことが夢だったり、お腹いっぱい食べる、が夢だったり、そんなもん今は当たり前じゃないの?とか魅力を感じない・・・、と思うような夢でしょう。だから、「人並みに暮らす」程度のことも、彼らのロジックから言えば立派な夢だと思います。そうすると、みんなそれなりに夢は持っていることになります。
ただね、無理やり、他人の理屈で目標設定的に生きることを私はあまり勧めないですね。学習塾が「志望校に絶対受かる!」みたいなことを目標にさせてますが、そんなもんは他人や親に要請されるものですよね。それは手段でしかない。だから、それを絶対化して失敗経験を自分に刻まなくてもいいようにも思います。学歴はあるに越したことはないのですが、手に入らないならそれはそれで仕方のないものです。
やりたいことはやりたくなってやってみているものです。ブランコに乗りたい子供は、「自分はブランコに乗りたいのだろうか?」と思う前にブランコに乗っています。色々見てみて、やってみたいなと思えることがあって、それがその瞬間にできないレベルのもので、ある程度の準備が必要で、その準備をしても構わないと思えるようなものであれば、それが「やりたいこと」にそのときはなっているように思います。
ただ、ある程度の技能は必要なこと、日本は若い人じゃないと組織に迎えたがらないこと等から、制限時間があり、なんらかの選択を強制されてしまう面があるわけです。専門学校等で学ぶ程度の技能は、たいしたものではありませんし、独学でできる人も割といます。ただ、凡人ならば、ある程度の準備が必要です。
たとえば、パンダの飼育員になりたい!と言ったところで、パンダの飼育に関われるのはスーパーエリートなので、それ相応の動物研究系の学部での学歴が必要になるわけです。宇宙飛行士も博士レベルの学歴が必要だったと思います。そうすると、学歴は手段として必要になってくるわけですね。子供のころから強烈にパンダを飼育したいなら、パンダ博士になるレベルで勉強する感じでよいのではないかな、と。それはそれで悪くはないと思います。
いろいろ見てみて、やりたいなと思ったときに、その準備をしてみて、できそうならやればいいし、できなさそうなら諦めればいいなじゃないでしょうか。それだけです。そうやって生きていくプロセスでそれなりに楽しければいいんじゃないですかね。
ただ、これから日本はじりじりと貧しくなっていくだろうなあと思いますし、そうなるとかなりサバイバル的で、他人に足を引っ張られたり、治安が悪化したりといろいろあるでしょうが、そんな中を生きていく認識を持ちつつ、ふんわりと生きていければいいですね。そのために必要なものはなんだろう?と問うていくことは常に必要ではあります。結局、自分で自分を助けるしかない面があります。悲しいことですが・・・。
みたいな感じですが、お答えになっていますでしょうか。取り急ぎ、ご回答まで。

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以前のツイッターで、「マズローやアドラーは古典として参考にするべきだ」と仰っていたかと思います。 マズローが古典なのは何となく分かるのですが、アドラーはどのあたりが先端研究と乖離があるのかをうまく理解できないでおります。 お時間あるときで構いませんので、ご教授頂けると幸いです。 よろしくお願いします。

アドラーが好きな人って多いですね。アドラーの主張はマズローと同様に個人の経験、内観に従った主張ですよね。それを主張するのは構いませんが、それが科学者の言葉でしょうか?思想家や臨床の実践者として見る分にはいいのでしょうが、現代から見て科学的とは言いにくい面があると思います。
現代の「心理学」で言及されるアドラーの主張は概ね、動機づけにおける「コミュニティへと駆り立てる衝動」と、パーソナリティーにおける「劣等コンプレックス」ですよね。それ以外は拾われることもないと思うんですが、それ以外の部分で結果的に許容できる要素を拾えますか?私は拾えないと思います。
また、その言及についても、後の学者が「コミュニティへと駆り立てる衝動」に類した「所属の欲求」について、どうもそういうものがあるようだ、というエビデンスを一生懸命に挙げていますが、アドラー自身はそれを前提条件としているんですよね。直感的に前提条件としたものを踏まえて彼の臨床の実践があるわけですが、その一部が正しかったからと言って、彼の理論全体をサポートできるわけではないですよね。
「劣等コンプレックス」は今でも一般に流布される考え方ですが、彼はそれを個人的経験からさしたる検証もなくあるものとしていますが、現状で受容されている考え方は「幼少期にパーソナリティや他者との愛着パターンが形成される」面もあるが「人の発達は生涯に及ぶもので、幼少期に特に限定されるものではない」といったところでしょう。
質問と合致した答え方ではありませんが、上記の2つのポイント以外に拾える部分は特になさそうだ、と思っています。臨床の実践者として実践していたことが、後の認知主義や認知行動療法等で使用されたとして、それは彼の理論体系が正しいということにはならないと思います。
また、実践というか臨床の話でいっても、クライアントの問題を解決できる問題だ、と捉えたとして、本当に解決できない問題を抱えた人は存在すると思いますよ。ただ、それは臨床家や実践者の信念に適合的なのであって、事実ではないのではないかな、と。臨床家が言う「有効」って本当に科学的に有効なのかな?といつも思います。
また、私の感覚で言うと、発問として意味ある発問も私はアドラーには発見できていません。古典として意味ある学者はたいてい問題規定に意味があるものがあった人が多いのですが、アドラーはそういう部分ありますかね?
ここから、かなり手厳しいことを書きますね。アドラーの目的論的に、目標達成を人間の行動要因として捉える部分について、意図するせざるを別として、多くの害悪がまき散らされた面があります。いわゆる自己啓発思想であり、経営では一時流行した「ビジョニング」ですよね。
軍隊において最強の兵士を作るためには、自己啓発思想はとても役立ちますし、米国で目標達成論的に人間を捉え、自分で目標設定を行いそれを達成するという兵士を要請した時期がありましたよね。それを退役軍人が広めたのが自己啓発の民間への流出だと思います。セミナーをやっている会社の顧問とか役員には「元大佐」とかそういう人がうようよしていた時代でしょう。それは目標設定されれば犬のようにその達成にまい進する人間を生産することには成功したかもしれませんが、それで人々はアドラーが言うように人間らしくあれたんでしょうかね?また、ビジョニングのように俗流の思想と合流して、達成イメージを持って、目標にコミットすれば実現に向かうと言った考えは、アドラーの思想からも少し離れているとは思いますが、影響を与えたことは否めないでしょう。目標を達成するには、外部環境と内部資源のたまたまの適合状況が必要ですからね。
といったところです。書きすぎましたがこれぐらいにしておきます。取り急ぎ、ご回答まで。

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こんにちは。伊藤先生が、学生時代に読んで影響を受けた小説はありますか?

しばらく質問を放置していましたね。すいません。学生の方ですかね?
時間があるなら読書等、コンテンツに触れるのは意味があると思います。
さて、学生の頃は小説を読んだり書いたりみたいなくらしだったので、すごく読みましたが、すごく忘れました。もはや何を読んだか覚えていません。
村上春樹は当時は好きでしたね。「羊をめぐる冒険」や「ダンスダンスダンス」、「ねじまき鳥クロニクル」等はとても素敵なお話でした。
あと好きだったのは「アムリタ」とか「TSUGUMI」とか吉本ばななですね。
芥川賞は一通り読んだはずですが、全く覚えていません。三田誠広の「僕って何」とか、「地に火を放つもの」、「デイドリームビリーバー」等はよかった気がします。
辻仁成や姫野カオルコもよく読んだ気がします。「ガラスの天井」とか、「グラスウールの城」だったでしょうか。割とみずみずしい感じを覚えています。姫野カオルコはどちらかというとエッセイが面白かったですね。
山田詠美の「僕は勉強ができない」も高校か中学か忘れましたが、印象に残っています。若いころは少しエッチな感じの本であれば面白く感じてしまう面もあります。
世界の名作で行くと、ドストエフスキーは割と面白かった気がします。「罪と罰」はよく覚えています。
英文科だったので、ジーン・ルイスやオスカーワイルド、メルヴィル、ポーなども読んだのですが、正直、全く面白くなかったですね。シェイクスピアは割と面白かったです。「リチャード三世」や「ロミオとジュリエット」、「リア王」なども読んだと思います。シェイクスピアは今の人でも面白く読めるのではないかと思います。
あとはなんでしょうね。哲学寄りで言うと、ニーチェを大学のころは読んだりしていましたが、お勧めはしません。「ツアラトウストラかく語りき」は小説風に書いてありますが、たぶん、よく分からないでしょう。サルトルの「嘔吐」、カミュの「異邦人」等は割と読めるんじゃないですかね。
変わったもので言うと、松浦理英子「親指Pの修業時代」も印象には残っています。ややエッチなお話にも思えますが、個性と障害みたいなものを考えるにはいい話だったような気がします。
ぱっと思い出せるもので以上ですが、いかがでしょうか?気になったものをさらっと読んで、面白ければ読めばいいしつまらなければやめればいいと思います。
取り急ぎ、ご回答まで。

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AIやIoT、ブロックチェーンから果ては空飛ぶ車なんてのも出てきましたが、伊藤さんが今1番注目してる技術は(この中に限らず)何ですか?

現状ではいわゆるメディア技術に注目しています。人間と環境の間にある何かをメディアと定義すると、身体能力拡張、認知能力拡張、情報処理能力拡張の技術となり、そこにはサイボーグ技術やエンハンスメント的なiPS細胞技術なども含まれると思います。
そういう意味では、ブロックチェーンもトレード、インタラクションに関わるという意味でメディア技術でしょうか。
また、量子コンピュータが実用化されながら、人間の脳の情報処理メカニズムが量子レベルで解明されたとして、その両者の共通性などに興味がありますね。人間だけでなく、あらゆるエネルギーを持つ存在は無限遠までゼロでないエネルギーの幅をもっているそうなので、それは人間のありようと宇宙のありよう、すべての物事のありようの基礎付けをやり直すことができる契機となるように思います。
近いうちにメインフレームのような巨大なものは、量子コンピュータ化していくと思いますので、現状で世界で足りていない計算量はどんどん足りてくる未来があるといいと思っています。大国同士の暗号の解読合戦のような不毛なことに処理能力が使われるのもどうかとは思っております。
取り急ぎ、ご回答まで。

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お金をたくさん稼ぐために必要なことは何ですか?

たくさんがどれぐらいか?どれぐらいの時間で稼ぐか?によりますね。
自分がオーナーの会社を作って、IPOまでいければ100億円ぐらい資産形成できるでしょうかね。一部上場で時価総額がそれなりになる会社を作れれば、創業家で1000億円レベルまでの資産形成ができるケースがあったようですね。
外資系の金融機関で稼いだとすると、そこそこ行ければ10億円ぐらいの資産形成が可能と聞きましたが、本社のCEOとかであれば、年間のボーナス数十億と言いますが、日本人では無理でしょうね・・・。
コンサルティングでパートナーになると、数億円の資産形成が可能でしょうか。日系大企業の役員になったほうが何億円かは高いんじゃないかと思います。
で、それぞれ必要なことって違うと思うんですが、いわゆるスマイルカーブの両端が稼ぎますので、外資金融みたいなスーパーな頭脳労働者になるか、スポーツ選手やらエンターテイナーみたいなスーパーな肉体労働者になるかの二極だと思います。
スマイルカーブの真ん中、いわゆる「普通」のレンジが一番稼ぎにくいと思います。
自分の能力に照らして、どうスマイルカーブの両端のカネが稼げる立ち位置にいくか?が問題になると思います。
一般論としてはこれぐらいでしょうか。取り急ぎ、ご回答まで。

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メルマガいつも楽しみにしております。 そこでご質問なのですが、先日の発刊で「コンセプトワークができる人がほぼいない」と書かれておりましたが、逆にできる人とは何が違うのでしょうか。そもそもコンセプトワークが何をするのかが分かってはいないのですが、このテーマについて、いつかメルマガで取り上げていただければうれしいです。

あら、メルマガをお読みの方ですね。ご質問ありがとうございます。
いま、そういう作業を定義することも仕事としてやっていたりはします。ただ、ハードルは高いですよね・・・。
できる人は、人が現在している行動がどのような条件によって成立していて、それが自然なのか不自然なのか、本意なのか不本意なのかといったことが分かるんですよね。
不自然ならば、自然な方向に変えることができたり、不本意ならば本意な方向に変えることができたりするということでしょうね。
ここに内面はあまり介在しないんですが、みんな人の内面に還元したがりますね。それは私は違うと思っています。
ぐらいですが、伝わりますか?ちょっとご飯食べたいので、このあたりでやめます。
取り急ぎ、ご回答あで。

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伊藤先生にとって、他者とは何ですか?

哲学系来ましたね。
ただ、理屈をこねまわすよりも、感覚的に私にとっての他者を言いますと、「いるとうっとうしいけど、全くいないと寂しい」ものでしょうか。
理屈をこねて欲しければ、また質問してください。取り急ぎ、ご回答まで。

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健康のためにやっていることは何ですか?

健康というか、仕事が滞りなくできるように、睡眠はしっかりとることにしています。眠くなったらなるべく抵抗せずに寝ます。そして、夜9時以降はご飯を食べないことにしています。先ほどの二郎画像は9時に食べたものですよ。念のため。
岩盤浴によく行きます。水を飲みながら、岩盤浴で資料を読んでいます。資料を読むだけの日は、ずっと岩盤の上にいるかもしれません。
運動をします。頭を極限まで使うので、体を疲れさせないと眠れません。ですので、運動はします。自転車をこぎます。部屋の真ん中には自転車があります。
ヨガをやります。リラックス系から、アシュタンガ、陰ヨガまで幅広くやります。
油を取ります。油をとらないと、体がカサカサしてくるので、なるべく油をとります。にんにくとたまねぎの皮も肌にいいということで常時摂取しています。にんにくは臭くなると嫌なので、普段は黒ニンニクを食べています。
鍼灸やマッサージも定期的に行っています。体がどうしても固まっていくので、なんとか抵抗しています。
ぐらいでしょうか?いろいろと試行錯誤は続けています。いいと思ったら試してみることにしています。何がいいかを個別に特定することは難しいのですが、それでも、いろいろと試す価値はあると思っていますので。
今度、酵素風呂に行ってみたいと思っていますね。
取り急ぎ、簡単なフィードバックまで。

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ストレスで胃が痛くなったり、戻してしまったりするなど、体調が悪くなる時はありますか?

ありますよ。
最近は気温が上がってきて、調子がいいのですが、冬が一番厳しいですね。無理がきかないです。
以前、ホテルに缶詰めになって仕事をしていたら、どうにも体調がおかしく、胃が痛くなり、リバースしまくって、部屋でうめいていましたが、電話でフロントの人を呼んでお薬を頂いたり、氷嚢を頂いたりして、なんとか体調がよくなりました。
高校で成績優秀だった同級生が、酔っ払って家に帰り、寝たままリバースし、のどに詰まって亡くたったという事件を聞き、一人で家にいるのは危険だと思っているので、体調が悪いけれど、忙しい時は、なるべくホテルに泊まることにしています。
胃はもともと強くないですね。高校の頃は、試験の前になるたびに胃が痛かったものです。保健室でよくうずくまっていました。
最近は、寝る前数時間は何も食べないということを実践していますし、なるべく岩盤浴等に行き、内臓を暖めるようにしていますので、だいぶよいのではないでしょうか。
ストレスやプレッシャーをなくすことはできないと思いますので、運動、健康づくりなどにカネと時間を費やすことにしております。
取り急ぎ、ご回答まで。

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名古屋民?

名古屋民の定義ってなんでしょうね。
両親が生粋の名古屋民であるため、私が生まれたのは千種区の病院なのですが、育ちは関東で育っております。
祖父母も当然、名古屋民であり、祖母の具合が悪かったころに毎日電話をしていたせいか、電話では名古屋の言葉が出ることがあります。私が電話している言葉を聞いてことがあるんですかね。
電話以外で私が名古屋民である疑いをかけられることはあまりないと思います。
確かに、名古屋民と話をすると、少し名古屋の言葉が出ることはあります。しかし、ひゃーりゃーととは言いませんし、えびふりゃーとも言いません。
今では年に一度の墓参りぐらいでしか、名古屋には行かないぐらいに縁遠くなりました。悲しいことですが、私の名古屋との縁は細い糸のようになってしまっているようです。
取り急ぎ、ご回答まで。

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こんにちは。私は教科書を覚えるために音読をしています。伊藤先生は、何かを覚えるために音読をしますか?

久しぶりの質問が爽やかすぎて涙が出てくるレベルですが、俺の教え子にこんな爽やかなやつはいないだろうと思ったりします。先生は心が汚れすぎて心のきれいな教え子を忘れてしまっているかもしれませんね。いや、きっとあなたのことは覚えています。名前は個人情報保護のためにここには書かないだけで分かっています。大丈夫です。勉強、頑張ってください。
さて、先生はもともとは聴覚、体感覚的に記憶する方が得意でした。ですので、授業の先生の話のときの身振りやしゃべり方などで覚えたりしていました。松尾芭蕉の「月日は百代の過客にして~」といった文章も音読とリズムで覚えていました。
今でも、眠いときに本を読まなくてはならないときは、音読をして眠気を覚ましています。
また、大学の講義等でアーカイビングされているものは動画を聞いたりして、それを風呂で繰り返ししゃべったりして覚えたりしています。ただ、覚えることが目的というより、理解を深めることを目的としていますし、そこから新たな考えや示唆を得ることを目的としています。当然、学習段階によっては記憶は重要な面もあるので、記憶を目的とすることもあります。
あなたの学習環境はわかりませんが、ビデオ授業等があれば、先生の言っていることをシャドウィング(言っていることを繰り返すこと)して、覚えることもありえますよね。音読は自分の聴覚と体感覚を刺激しますし、先生の身振り等をイメージすれば視覚も刺激されます。複数の感覚を同時に刺激すると覚えやすくなるわけです。
教科書に書いてあることを覚えることは初等教育では非常に重要ですし、それがなぜそうなっているか?を考えていれば、自ずから覚えられるようになると思います。
例えば、南米で大豆価格の値上がりがあるのは、エルニーニョでアンチョビが不作になって、アンチョビが肥料として使われているため、肥料価格の値上がりが大豆の生産コストを上げるからですよね。エルニーニョ現象への理解、それがアンチョビの繁殖に与える影響、不漁が供給過少を生み肥料価格の値上がりを招くこと、肥料の値上がりは大豆の生産コストを上げること、それが価格に上乗せされること、大豆を主食とする南米ではそれは人々の生活コストを上げ、実質的な豊かさを減少させること。こういうつながりを五感でイメージできることが大事ですね。
音読は自分の部屋で行うには素晴らしい学習法です。眠い時にも目が覚めます。最近は医学書も仕事で参照しないといけないことがあるので、音読しています。
でも、電車の中で音読をしてはいけませんよ。変な人だと思われます。他の人がいる場所で音読をしていると、この人、大丈夫かな?と思われます。そして、友達には心配されます。「疲れてる?」と聞かれてしまいます。
爽やかな質問をありがとうございます。勉強、頑張って下さいね。

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思い出のプロジェクトがあれば教えてください。

思い出ですか・・・。
よくある話ですが、すごく頑張っていたプロジェクトの時に、パートナーがクライアントと揉めて、プロジェクト自体がお蔵入りになったケース等が思い出としてあるでしょうか。
仕事は消えることがあり、それは実際の作業とは関係ないところでの人間関係等によって起こるということが分かったのは若い私にとってはすごく重要なことでした。
たいていの人間はさして真面目ではありません。ただ、言葉通りにいろいろとやることを旨とする人間が一定数いることも確かです。その言葉通りにやろうとする誠意のようなものは世の中では多数派ではなく、行間を読んだり、悪意の潰し合いを生き抜いたり、手足となる作業員の間の評判をよくしたり、というようなことが仕事の遂行にクリティカルとなっているということを実感したような仕事が私にとっては思い出として心に刻まれています。
ただ、人はフロー的になり、自由になっています。移動の自由が物理的にも情報的にも実現されるようになっているので、情報生産業務にとっては、下らない政治的な動きなしに仕事が進んでいくという素晴らしい状態が以前よりは頻繁に出現しています。仕事における下らない足の引っ張り合いこそが人生みたいなことをおっしゃる方もいますが、そうなのであれば仕事なんてしなければいいと思うんですよね・・・。人類の生産能力はまだそこまで高くないので、BI等は実現しそうもないですが、仕事をしたい人が仕事をし、できるだけ下らない足の引っ張り合いなどが起こらない世界が実現するといいと思っています。
取り急ぎ、ご回答まで。

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別に大病を患っているわけではありませんが、死ぬことが怖いです。死に対してどのように考えていますか。

そりゃあ、誰でも怖いんじゃないですかね。
死について考えたこともありますが、時間の無駄なのでやめました。いかによく生きるか?豊かに生きるか?について考えた方が人生は充実するように思います。いつ死が訪れるかは分かりません。持続可能な程度に健康でいられるように心を配りつつ、多少の時間の幅をもって充実度を最適化するようにしつつ、生きればいいのではないかと。その時の自分のQOLにクリティカルなものにフォーカスして、それを突破していけばいいかと。このあたりの話は一般論以上の話は出てこないでしょうね。誰も死んだことについて語れませんから。
取り急ぎ、ご回答まで。

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創造性を身につけるにはどうすればいいでしょうか。

創造性ですか。一般論としての創造性って、何なのでしょうね?いわゆる「クリエイティブ」と言われる人は、割とパクりが好きで、それをこっそりやるみたいな人が多いんですけどね。
「本当に新しいことを考えるには?」というところが「創造性」だとして、それで行くと、新しいパースペクティブで物事を見ればいいことになるのですが、パースペクティブって何?というのが割と説明が難しいです。簡単に言うと目的になり、多少難しく言うと世界観になります。
目的が新しければ、新しいんですよね。当たり前です。世界観が人と違っていれば、独創的なんですよね。当たり前です。
でも、一人一人は固有の経験をしています。肉体がある以上、同じ座標を占めることはできず、座標が違えば経験は違い、固有の世界観が形成されるはずです。その視点で物事を個々人が見ているということに気づくことが第一歩です。
でもね、誰にも理解されない独創性があったとして、それはあなたが欲しい創造性ではないでしょう。人に理解されて評価されるような何かを生み出せることを求めているでしょう。
じゃあね、人は一人一人、固有の経験をしているはずなのになにゆえに個性という名の没個性というような似たり寄ったりの何かしか生み出せないのか?が問題になります。
それはね、この社会で生きていくときに、他者と共通理解の地平を築いてある程度の「普通」のレンジに入る行動を取ったほうがメリットが大きくて、人間は固有であるけれど、集団に同調する能力が備わっているからですよね。いわゆるミラーニューロン的な問題であり、「サリーとアンの誤信念問題」では自閉症と言われる特性にはこの他者の「存在」すら認知する能力が著しく低く、共通理解の地平を築くことも難しいという問題であり、というところです。
いわゆるサヴァンと言われる人たちは奇異な行動をとりながら「創造的」ですし、美大に行くような人たちは生きづらさから自殺する人も多いですよね。でも、一部の現代社会への適応を成功させた人は、創造性があると言われる。
じゃあ、凡人である自分はどうするの?ということになる。社会的にうまく行きながら、創造的でもありたい。本来、ないものねだりなのかもしれません。しかし、ちょっと創造的であるには、この枠組みをまず自覚してみることが一歩目でしょうね。社会的に秩序付けられた行動をとれるということ、空気が読めるということと、創造性は最も遠い場所にあるということです。
だから、「小賢しい」人は、社会適応が難しい人たちのアイデアをうまく自分たちのパースペクティブで解して、パクるわけです。たいていは、こういう「クソな人々」が自称クリエイティブだったりします。
ただね、こういう人たちは自分で生み出すことはできなくて、常に「ネタを仕入れる」とか、「アンテナを張る」とか言ったりします。それはそれでいいのです。凡人の生き方ですからね。
ぐらいが一歩目というか、一般論のような気がします。取り急ぎ、ご回答まで。

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中小企業にとっての最適な自己資本比率は何%くらいだとお考えですか?

中小企業ですか。いろいろ理屈はこねられますが、今は借りられるだけ借りればいいんじゃないですかね。金利がものすごく低いので、借りられるだけ借りて収益性、成長性がある事業に突っ込むのが今は正解だと思いますよ。今の日本でそんなに資金需要があるケースは稀だとは思いますけどね。今はカネを突っ込めば儲かる事業があるなら、借りられるだけ借りるが正解だと思っています。
ただね、普通は金利がありますからね。B/Sは理論上、キャッシュフローを生み出す資産の大きさを示すものですから、資産全体が何%のリターンを生み出すのか?というのはある程度期待される値がありますよね・・・。ただね、中小企業ですからね・・・。中小企業でちゃんと減損処理をちゃんとしたりして、B/Sの大きさを繊細に考えている会社なんてみたことないですけどね。中小企業のいい加減な会計処理を前提として自己資本比率を見る意味ってなんなんだろう?と思ったりしますよ。割とマジです。
なんか、質問がおおざっぱなので大学の課題っぽい感じがするんで、多少深く考えるきっかけをば。
自己資本があったとき、どの程度のレバレッジをかけて、どの程度のリターンなのか?は確かに安全性を図るうえで大事な考え方ですよね。財務レバレッジは自己資本比率の逆数ですよね。大丈夫ですよね?これはどの程度、経営自体がリスキーか?ということを見ていますよね。ただ、大きな会社、たとえばキアみたいなレバをかけまくってうまくいっている企業の場合は、株主の資本をうまく使って、効率的な経営をしているとも言えてしまうわけですよね。伝わりますか?だから、一概に安全性指標として自己資本比率を語るのはどうかと思うんですよね。ご存知のように日本の資本市場はクソなので、株主資本を効率よく使っていてもさほどほめてはもらえないでしょうけれど。
でね、中小企業ですよね。よく言われるように、資金繰りとか、現金がやばいとか、そういう話は流動比率や当座比率を見たほうがいいですよね。B/S全体の信憑性とか気にする必要がないです。それはつまり、短期の借金の支払いができるかを見るための指標です。
じゃあ、わざわざなんで自己資本比率を見るのか?ですよね。いらん資産は売ってしまえ的なことを言う人もいますけど、遊休資産の売却の先延ばしオプションがある場合に、無理やり高める意味とかないですよね。
ここまで、だらだら書いたことを見ると、結局、正しい情報が手に入るとして、金利と資産の中身、ROAによって、つまりはビジネスの中身によって適切な数値が決まるというのが正しい答えになるでしょうね。金利を仮置きして、金利の支払いに対して十分な利益率がどれぐらいか等、シミュレーションしてみてはいかがでしょう?マザーズあたりの有報から数字を拾って、規模別、業種別の数字などを調べて、安全性を鑑みるとこれぐらいが適切で、資本効率という意味ではどれぐらいのレバレッジをかけるのが適切など、やってみるといいでしょうね。
取り急ぎ、ご回答まで。

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コミュニケーションの本質ってなんだと思いますか?

本質ってなんですかね。そもそも、何かの本質とは?みたいなロジックが私には分からないんですよね。
本質って、イデアみたいなイメージなんですかね。イデアの世界がこの世界とは別の世界があって、その理想に向かってこの世界は近づき続けているみたいな世界観なんでしょうか?
「〇〇の本質」みたいなロジックを見ると、うーん、といつも思うんですよね。私はそういう世界観ではないですし、ポストモダンの知見ってそういう世界観を否定するものだと思いますので。
それでね、好意的にこの問いを解釈してみますと、コミュニケーションのメカニズムについて知りたいみたいなことなんでしょうか。でも、目的がきっとありますよね。「自分が他人とうまくコミュニケーションを取りたいけれど、そのために何かしら知らなければならないことがあり、そのクリティカルな部分は何か?ということが知りたい。それが、効率が良さそうだ」といったことなんでしょうか。
まずね、コミュニケーションスキルはそう簡単には上がらないってことを認識するのが大事なんじゃないですかね。そのうえで、何か目的があるならそれに特化したプロトコルを身に着ける感覚でやってみるというのが、限定的部分での「コミュニケーション能力」なるものを上げることになるかもしれません。ただ、それは目的限定で目的の達成がしやすくなることだけを意味するのであって、オールマイティになれるわけではないと思います。
どういうことかというと、通信規約のようなものとして捉えるということです。相手に伝わりやすい作業手順のようなものが、コミュニケーションは分野を限定すればあるということなんですよね。唐突に何かを言われても理解するのって難しいですよね。単語の聞き取りすら難しいと思います。だから、唐突でない手順を踏む踏み方みたいなものが分野を限ればあって、それを守ってコミュニケーションを取ればいい、といったことがあります。
ただね、そういう目的論で言ったとして、あなたがコミュニケーションがものすごく苦手なタイプであると、いわゆる「普通の人」からは違和感があるコミュニケーションをする人という感じはぬぐえないでしょうね。
とある、「コミュニケーションを取り違えている人」の研究内容を教えていただいたことがあります。確か、「会話分析」という名前だったと思います。どういう内容かといいますと、人々のとりとめのない会話を2,3時間ぶっ続けで録音して分析するんですね。そうすると、いろいろな話題を被験者は話しているわけですが、それぞれの話題がどのような要因で終わってしまったのか、を分析するんです。何のためかといえば、「1つ1つの話題が続くことが望ましい」と分析者が思っているということです。伝わりますでしょうか。「話題が途切れてしまうと、コミュニケーションが終わってしまう。だから、話題が途切る理由を考えて、話題が途切れないようにすればいい。」という考えです。でも、この人がコミュニカティブになることはないでしょうね。なぜか?これが分かれば、きっとあなたは人とのコミュニケーションの本質みたいなものを知りたいなんて思う必要もないと思うんですよね。十分にコミュニカティブでしょう。
まわりくどいですが、もう1つたとえを出しましょう。サンディニスタ政権というのがニカラグアでありましたが、そのころ、耳の不自由な子供たちを同じクラスに集めて教育するというのをやっていたんですよね。そうするとね、興味深いことに、先生が手話を教えているわけでもないのに、子供たちの間で手話が勝手に発生して、集団ごとに独自の手話が形成されて、子供たちはコミュニケーションをとるようになるんですよ。子供は教えられなくても、耳が不自由でも、手話を教えられなくても、勝手に手話を生み出し、コミュニケーションを取り始める。これってどういうことなんでしょうね?
といったことが分かると、目的別にプロトコルとしてコミュニケーションを処理するマシーンのような人(これはこれで重要なことです)を脱却して、より普通のコミュニケーションが取れる人になっていくと思うんですよね。
私が本質はこうなんだ!みたいなことを書いてもあんまり役立たなさそうな気がしたので、回りくどく書いてみました。取り急ぎ、ご回答まで。

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マーケティング戦略というような、〇〇戦略という言葉がたくさんあり、それと経営戦略との違いや繋がりがよく分からないのですが、どのように考えればよいのでしょうか。また最近、戦略が大事だ!と話している人の多くはマーケティングサイドの方が多い気がしているのですが、彼らが意味する戦略はマーケティング戦略と呼ぶものであって経営戦略ではないという理解でよいのでしょうか。そもそも二つの違いが分かっておらず混乱しており、よろしければご教授いただければ幸いです。

教科書に書いてありますよ・・・。有斐閣の本で、戦略って入っているやつとか読めばいいんじゃないでしょうか。入門書だと新宅先生とかですかね?
そういう戦略論の分類というか、いわゆるサーベイ論文的なもので古典的なものは、ホファー&シェンデルが1970年代か80年代にまとめていたように思います。
戦略を、全社戦略、事業戦略、機能別戦略にその対象で分けますし、資源、ドメイン、競争、シナジーのイシューの二軸で分けて、表を作るとわかりやすいんじゃないですか?
マーケティングサイドの戦略という言葉が世に溢れる意味としては、世の中の企業のほとんどは中小企業であり、戦略は経営マターです。10億行かないような会社で世界は満ち満ちており、そういう会社は事業をそれほどもっておらず、売り上げさえ上がればなんとかなる面があるので、マーケティング的な話が多いんでしょうね。「売上を上げるのがコンサルタントの使命だ!それができないやつは偽物だ!」とか言っている人は、クライアントが中小企業ばかりなんでしょう。
ただ、売上を上げるという論点がある程度達成されたとして、組織がついてこれないと、企業として成長しないんですよね。すごく簡単に言うと、買うと言っているお客さんがいるのに、商品が届かないとか、サービス提供が劣悪になってお客さんが逃げるとか、そういうことです。
昨日、LANVINというブランドのお店に行ったら、店員が要を得ない感じでしたが、一生懸命やっていました。しかしね、上司のような人が、「こいつバカなんで」と言い、「バカとかどうでもいいよ」と言ったら「文句があるなら買わなくていいですよ」というので、「二度と来ないよ。部下をバカとか言ってんじゃねーよ。部下をなんだと思ってんだ?」と言って帰りました。その店には二度と行かないでしょうね。お客様センターでもあれば、投書してやろうかと思う事案です。
これはね、お客さんは買うと言っているのに、ちゃんとしたスタッフを集め、教育し、組織化することができていないわけです。ある程度の規模になってくると、お客さんが買いたいと言う状況は作れても、お金が入ってくるオペレーションが組めない事案が出てくるわけです。拡大再生産が論点になってきて、業務をきっちり組まないといけないという話になってくるわけです。
もしくは、処理しきれないほどの注文が入って、オペレーションを必死で回していても、うまくいかず、人が辞めまくって、会社は結局、立ち行かなくなるということも多々あります。ですから、売上を上げればいいわけではないんです。いろいろと先を見越して考えないといけなくて、それらの会社全体に及ぶプランニングを総称して戦略という言葉は充てられるわけです。
ここから先は自分で調べましょう。自分の思考の蓄積のみが信じるに値します。人が言っていることを聞いても、右から左に流れていくだけです。
取り急ぎ、ご回答まで。

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学生時代の優秀さと社会に出てからの活躍度には強い相関がありますか?

何をするかによるんじゃないですかね?
東大は官僚養成機関的な側面がもともとあり、事務処理能力が高い人間をもともとは作ってきました。そうすると、東大の法学部で首席ならば、官僚としても事務次官レースでそれなりに戦える能力があるというか、そういうことだと思います。
ただ、ベンチャーを起こすような人間だとまた違っていて、いわゆる一般人の評価は低いような人が成功したりします。ある意味で発達障害的な人々じゃないとベンチャーなんてやれませんからね。そういう人が大企業で評価が高いかといえば、そうではないでしょう。実績を上げた後なら聞く耳を持たれますが、おおよそ社会不適合者と言われるような人々であるケースも多いでしょう。
一般論としてはそうで、学生時代に私が優秀だと思った人は、軒並み社会人になっても成果を上げてはいます。でもね、企業でうまくいく人間であるというのは、周りとうまくやれるとか、問題を起こさないとか、どちらかというと、常識人であり凡人であることが求められる世界です。ちょっとネジが外れている感がある人は、やっぱりいわゆる文系就職のサラリーマンとしてはあまりうまくいかないでしょうね。
それと「活躍」の定義にもよっていて、暇な会社というか、アセットが巨大でそう簡単にはクビにならない会社などでは政治的な争いがたくさんあり、手柄の取り合いなども存在し、上ににらまれるタイプの人は評価されながら活躍することが難しいケースもあります。本当に困るとそういう人にお鉢が回りますが、結局手柄は全然別の人が持っていくとかね。
日本の村社会的なしょうもない手柄の取り合いと政治的争いのようなものはどこにでもあり、「活躍」というのはできないケースもありますね。ただ、それは欧米企業でもありますよ。いわゆるポリティクスというやつです。3人いれば派閥ができるというように、そういう集団に発生するしょうもないロジックを越えて人を率いていけるような人は稀ですね。このレベルの活躍にはカリスマ的資質が必要で、そんな人はその辺には転がっていません・・・。まあプチカリスマというか、ちょっとだけの魅力みたいなもんなら凡人にも芽生えうるとは思いますが。
いわゆる「人を動かす」という話と、「実際に何をするか考えられる」という話は全く別の能力で、「活躍」には両方が必要だと思います。実際に何をするか考えられるというのは、大学で養成される能力に近く、「優秀である」ということと近いかもしれませんが、「人を動かす」というのは、大学にいる場末のおっさんが言う「コミュニケーション能力」とは似ても似つかないものです。いわゆる「活躍」には両方が必要なので、強い相関があるとは言いにくいんじゃないですかね?今の時代はどちらかというと、「何をするか」を考える能力が極端に欠如しているように思いますので、今だったら弱い相関はあるような気もします。何をするかが大して問題じゃない時代には相関すらないという恐ろしい状態をイメージしますが、それは置いておきましょう。それは今の時代ではありません。
取り急ぎ、ご回答まで。

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いわゆる大企業に入るには、何が必要なんでしょうか? 大学の成績つまりGPAこそ必要であると考えていました。しかし、成績不振で留年した先輩が、いわゆる大企業に就職したのを見て、それ以来、いろいろ考えています。ただ、これはかなりのレアケースとは思います。 コミュニケーション力や性格も重要とは思いますが、これらは客観的に評価できるものなのでしょうか?

成績がいいに越したことはないと思いますよ。ただ、教授と仲良くしさえすればいい成績が取れたり、教員に「5をくれ」と要求する強者女子も存在するので、1つの指標にすぎません。勉強関連で言えば、企業が課している筆記試験はみなさんが思っているよりも評価されます。どちらかというとIQテストに近いですけどね。対策していれば大丈夫だと思いますけど。ちなみに自慢ですが、私は満点だといわれたことがあります。
あとは、プライベートな企業ですからね。相も変わらず内定辞退に対する露骨な嫌がらせがある現実ですので、志望度等は大事になってきます。私の本は読みましたよね。「直感でわかるロジカルシンキング」にそういったことは書いてあります。
それとね、プライベートな企業は公正を目指したとして、「客観的」であることが必ずしも必要ではないですよね?企業は好きなように人間を選択できます。新卒一括大量採用なのですから、大量にとれば、それなりに優秀な人間は入ってきますし、高学歴をとれば、オペレーションを処理する能力はそれなりに保証されますからね。
そして、企業の人事担当に評価能力があるのか?といえば、必ずしもないというのが正しい答えになるでしょう。しかし、これはビジネスで人と会ったときに、提案力なるものがあるのか?という問題とも似通っています。とあるベンチャーが、何が最も営業成績と相関しているのかを調べたら、ビジュアルだったという悲しい結果があります。ビジュアルも才能の1つですし、能力の1つとみることはできますが、それでも悲しいですね。同じような価値の商品なら、ビジュアルがいい営業から買うのが一般的でしょうから、仕方ないといえば仕方ないのですが。
人は肩書きとビジュアルしか評価できないと諦めてみるのもいいことかもしれません。
対策が分かってきます。肩書き、それは分かりやすい実績です。だから、成績はすごくわかりやすいし、賞を取っているとか分かりやすいし、首席とかも、わかりやすいでしょう。そういうものをコレクトするのは分かりやすい方策です。部活でレギュラーでした、も分かりやすい。大会で優勝しました、も分かりやすい。まあ、盛っている人もたくさんいますが、それはみんなが効果があると信じるからですよね。
ビジュアルで言えば、整形は全くお勧めしませんが、小ぎれいにすることはできるはずです。「かわいいは作れる」は有名コピーですが、男の人であれば、「清潔感」は作れると思います。キレイにする、姿勢を正す。顔をべたべた触らない。髪なんて触るわけがない。人前でため息をつかない。敬語をしっかり使う。こういう基本的なことはどんな無能でも評価できますね。ただ、マインドが腐っているときついでしょうか。あからさまに鼻で笑うタイプの人は修正が難しいですね。無意識的に鼻で笑っている。そうすると、バカにされていることが人に伝わります。とてもよくない。ただ、このあたりは両親がよくわかっているでしょう。耳が痛いでしょうが、聞いてみましょう。
あとは、ちゃんと相手のことを調べることでしょうね。「リッチマン、プアウーマン」というドラマがありまして、ヒロインの女性は受ける企業のことはすべて調べて受けていますし、それで落ちてしまうわけですが、これはフィクションですよね。調べていない人より、調べている人のほうが評価は高い。当たり前です。
あとは、その企業がやっていることに興味を自然に持てるか?です。スタバでバイトをしたとして、黒板にいろいろ書いたり、POPに興味を持つ人は、広告やら販促的な業界なのでしょうし、仕入れとか、搬入とか、そういうものに興味を持つならそういう業界なのでしょうし、ずっと毎日休まずバイトをして4年間続けましたなら、インフラ系の業界なのでしょうし、といった興味やら志向みたいなものと業界の相性のようなものはあります。人を取るのにコストはかかるし、日本の慣習というか、クソな裁判所の判決方針によって、人は大企業ではクビにできず、大企業の早期退職は数年分の給与を要する恐ろしい問題ですので、企業サイドとしては、長く勤めてくれる、教育を受けた分、ちゃんと報いてくれる人を求めるのは自然な環境です。すぐやめそうな人は評価が低くなりますよね。これは志望度ともかかわる問題です。
と、ながーく書きすぎたので、このへんでやめますが、実力なるものは受験等と違って、客観的に、公平に評価されるものではないクソな社会に出るということを分かってくださいね。受験はペーパーテストだからこそ、客観的でフェアなんです。面接官の好みで選ばれたらたまりませんが、そういう面接官の好みで選んでもいい世界へと入っていくわけです。頑張ってくださいね。
取り急ぎ、ご回答まで。

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