自分を客観視するコツを教えてください。

自分を客観視ですか。これは私がこれをできているという前提で聞いているわけですよね。それがしたいとも思っていませんし、それができることが素晴らしいとも思っていませんし。
ただ、確かに前に言われたことがあります。「感情的なのに、人や自分自身の評価は冷静だ」と。
私が自分を客観視しているように見える前提で書いてみましょう。
私の場合、状況の必然性の理解、その後の展開を考える際に、自分がこの世界にいない前提で考えます。自分がいない世界など存在しませんが、数理的空間というものはおそらくそういうものでしょう。マッハのスケッチの例でもあるように、現実として、人は自分の体も含めて世界を眺めているわけです。人は自分の鼻の頭が常に視野に入っていることを忘れています。自分も映り込んでいる世界を見ているのに、神の視点を想定してしまう。でも、それでは自分を消し去ることはできません。だから、自分を排除した世界をイメージする必要があると思っているわけです。どちらかというと、ウィルバーの悟っていないものなどいるだろうか?というデカルト批判の文章に近い感覚です。この世界の外側からこの世界をのぞき込んでいるような感覚。自分は決してこの世界に作用できない感覚。疑い続けることによって、すべてを、自分を含む全てを消し去ったうえで、自分以外の世界を再構成する感覚。そういうものを大事にしています。
と書いていて、たぶん伝わらないだろうなと思ったので、もっと簡単にできる方法を書いてみましょう。それは本当に天才的な人間を一人知っておくことです。一度見れば、英単語は忘れないとか、物事の理解が深すぎるとか、数的空間がこの空間に重なっているんじゃないかと思える人間とか。たまにそういう人はいますよね?そういう人間を一人知っておいて、自分の能力と比べてみることです。これはかなわないと思える人間と自分を比べてみると、自分がいかに無能かがわかります。そうすれば自分の能力を贔屓目に見ようともしなくなるでしょう。
スポーツでもいいですよ。それなりに真面目にやっている領域での最高レベルを見てみると、自分とは比較にならないレベル差を感じますよね?
そういう差を肌で感じれば、自分を冷静に見ることができるようになると思います。肌で感じるためのある程度の訓練がいるんですけどね。将棋が得意なら名人と自分のレベル差を感じてみるとかね。本気になった領域でないとわからないとは思いますが・・・。
つらつら書いてしまいまして分かりにくいかもしれませんが、取り急ぎ、ご回答まで。

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