創造性を身につけるにはどうすればいいでしょうか。

創造性ですか。一般論としての創造性って、何なのでしょうね?いわゆる「クリエイティブ」と言われる人は、割とパクりが好きで、それをこっそりやるみたいな人が多いんですけどね。
「本当に新しいことを考えるには?」というところが「創造性」だとして、それで行くと、新しいパースペクティブで物事を見ればいいことになるのですが、パースペクティブって何?というのが割と説明が難しいです。簡単に言うと目的になり、多少難しく言うと世界観になります。
目的が新しければ、新しいんですよね。当たり前です。世界観が人と違っていれば、独創的なんですよね。当たり前です。
でも、一人一人は固有の経験をしています。肉体がある以上、同じ座標を占めることはできず、座標が違えば経験は違い、固有の世界観が形成されるはずです。その視点で物事を個々人が見ているということに気づくことが第一歩です。
でもね、誰にも理解されない独創性があったとして、それはあなたが欲しい創造性ではないでしょう。人に理解されて評価されるような何かを生み出せることを求めているでしょう。
じゃあね、人は一人一人、固有の経験をしているはずなのになにゆえに個性という名の没個性というような似たり寄ったりの何かしか生み出せないのか?が問題になります。
それはね、この社会で生きていくときに、他者と共通理解の地平を築いてある程度の「普通」のレンジに入る行動を取ったほうがメリットが大きくて、人間は固有であるけれど、集団に同調する能力が備わっているからですよね。いわゆるミラーニューロン的な問題であり、「サリーとアンの誤信念問題」では自閉症と言われる特性にはこの他者の「存在」すら認知する能力が著しく低く、共通理解の地平を築くことも難しいという問題であり、というところです。
いわゆるサヴァンと言われる人たちは奇異な行動をとりながら「創造的」ですし、美大に行くような人たちは生きづらさから自殺する人も多いですよね。でも、一部の現代社会への適応を成功させた人は、創造性があると言われる。
じゃあ、凡人である自分はどうするの?ということになる。社会的にうまく行きながら、創造的でもありたい。本来、ないものねだりなのかもしれません。しかし、ちょっと創造的であるには、この枠組みをまず自覚してみることが一歩目でしょうね。社会的に秩序付けられた行動をとれるということ、空気が読めるということと、創造性は最も遠い場所にあるということです。
だから、「小賢しい」人は、社会適応が難しい人たちのアイデアをうまく自分たちのパースペクティブで解して、パクるわけです。たいていは、こういう「クソな人々」が自称クリエイティブだったりします。
ただね、こういう人たちは自分で生み出すことはできなくて、常に「ネタを仕入れる」とか、「アンテナを張る」とか言ったりします。それはそれでいいのです。凡人の生き方ですからね。
ぐらいが一歩目というか、一般論のような気がします。取り急ぎ、ご回答まで。

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