結婚についての質問に対するお答えを読んでおもったのですが、誰かを空前絶後の存在だと認識するようなポイントって、どんなところだとおもわれますか?

あの質問に関連して、ということで、恋人や結婚相手に限定した話としてお答えいたします。
ちゃんと恋なり愛なりというものがそこにあればそれはすべて「空前」のはずで、残すところは「絶後」。
そして結局のところそれは、自分の将来=人生のおしまいのときから逆算して得るしかなく、悪い言い方をすればどこまでもそれは妥協だし、もうちょっとマシな言い方をすれば人間らしい合理的な判断でしょう。
 
つまりポイントをひとつ定めよといわれたら、それは「人生をあきらめて、あきらめた先の人生を心の底から愛せるようになった瞬間」ということになります。
僕はまだそういうひとに出会っていないので(いつか出会えるとも思っていませんが)、どうしても年の近いひとが永遠を誓っていたりすると、早まりすぎでないかな、と意地悪なことを思ってしまうのです。中学高校時代、パッとしない男子にありがちなシニカルさから脱していないとも言えます。
 
「いかなる運命もすべて、死そのものかそこからの逆算でしか与えられ得ない」という思想が、僕の深いところを流れているように思います。
 
 
最後に、この質問をいただいて思い出したフレーズをひとつ。
(ちょっと趣旨とは外れている気がしないでもないですが。)
 
 
初恋と最後の恋のちがいを、ご存じ?
初恋は、これが最後の恋だと思うし、
最後の恋は、これこそ初恋だと思うもの。
 
 
『ムーミン』より、スナフキンのことばです。