恋人でありながら心を通わすことができず別れた相手に似た人を傷つけることで自分の思い出に復讐をしたことがあります。神は許してくれますか。

(2014/1/17回答、2014/6/12再回答)
半年間ほど続いてきた、こちらでいただいた恋愛相談に答える感じのアクティビティですが、最近はご質問もご相談もいただくこともずいぶん少なくなって、だけどそれはあるべき変化だと思っています。
僕の狭い観測範囲(?)にいらっしゃる方々があんなにいろいろと迷ったり悩んだりしていて、いくらSNSの拡散力を考慮に入れたところで、このくらいのシステムであればそれにも限界があるでしょう。
ある程度こちらに吐き出していただき終えたのだとすれば、それはよいことだと思いますし、あるいは僕がいくぶんか忘れられたのだとしても、これから忘れられてゆくのだとしても、それはおそらく、よいことだと思っています。
そんな中でひとつだけ、気がかりだったのがこのご質問でした。
このご質問をいただいたちょうど5ヶ月ほど前は、いただく質問の数もとても多く、また僕自身の生活もばたばたしていたこともあって、あるいは僕が答えられる範疇をまるっきり超えているようにも思えて、「とりあえず飲みませんか」のようなことだけ書いて、流してしまっていたのでした。
それからもたくさんのひととお酒を飲む機会に恵まれましたが、こちらの質問をくださった方には巡り会わなかったように思いますし、そもそもいただいたご質問に対して誠意がなかったな、とずっと気がかりで。
もうこのまま特にもうご相談もなく、このアカウントをいつか閉じてしまうことまで考えたときに、最後に心のとげとして残っていたのがこちらで、あるいは5ヶ月前の僕には答えられなかったけど、いまなら答えられるのではないかとも思い、ご質問をくださった方には届かないのかもしれないけど、今更お答えし直そうと思った次第です。
前置き、自分の話が長くなりました。改めて、ごめんなさい。
以下、お答えさせていただきます。あなたに届け。

「恋人でありながら心を通わすことができず」ということを、そもそもあなたは悔いていらっしゃったんだと思います。あるいは、傷ついていらしたのだと思います。
そうでなければ、ご自分の思い出に復讐などすることはなかったはずです。
あなたはきっと、とても真面目な方でいらっしゃるのですね。少なくともそこにあった恋人関係には、真面目すぎたのでしょうか。
恋人としていたのだから、もっと心を通わせて、わかりあって、愛して愛されて、もっとたくさんの時間を共有したいと思っていらしたのでしょう。それはとても正しいことですが、正しさに押しつぶされてしまうことは、避けることは難しかったとはいえ、望ましくないことでもあったでしょう。
そうして訪れた望まない結末が、ある意味では憎しみに近いものに変わってしまうことも、きっとままあることなのだと思います。
だからあなたの心の動きは、決してあなたがひどく心の貧しいひとであるがゆえではなく、巡り合わせの妙、運命に呼び起こされてしまった悪運だったのではないでしょうか。
(そこで踏みとどまれる強い人もたぶんいるのでしょうけど、しかし運命にあらがうことは、とても難しいことです。)

そしてきっとあなたにとって、そうして別れた相手に似た人に出会うところまでが、運命だったのだとも思います。
もう少し現実的な言い方をするならば、その相手のことが心のどこかに引っかかっていたから、似た人と巡り会ったときにそれと意識してしまったのかもしれませんね。
ともあれそういう人と出会ったときに、ひとの心はたやすくも揺れてしまう。
これもしかたのないことです。
その人を傷つけて、思い出に復讐をしてしまう。
どのくらい一般的かはわかりませんが、あり得るであろう動きだとも思います。
それがもし罪だったとしても、あなたひとりの罪では、もはやないでしょう。

あなたがその人をどのように傷つけたのかはわかりません(もしかしたら、その人はほんとうは傷ついてもいないかもしれない)。
けれどあなたが内罰的になっている相応には、その人が傷ついていたとして。
神が許してくれるかといえば、おそらくそうとは言い切れないと思います。
どういった神をあなたが信じているのかはわかりませんが、神の存在があなた自身の内的なものだとすれば、内罰的になっている以上最終的には許してもらえることはないと思いますし、外的な何か、その相手でも世間でもない、神的なものを措定されているのだとすれば、傷ついたひとがいる以上、受け止めてくれることこそあれ、その事実を許すことで消してくれることもないと思います。
だけどあなたはきっと、分析的に述べるとすれば、神に許されたいわけではないはずです。
傷つけてしまった人、心を通わせることができなかった人、そのどちらでもあって、そのどちらもないあわいの存在に許されたい、そして自分の未来を、未来において出会う誰かに許してもらいたいのだと思います。
神という概念が想定しているのは無条件の完璧な許しで、でも実際にはそんなものは存在しなくて、そしておそらくあなたも、すべてを許されたいわけじゃなくて。
あなたが抱えている何らか許されたい問題の、その解決の困難さの度合いが非常に高いから、そのような言い方になってしまっているのだと思いました。

そうやって悔いているあなたは、きっと同じ過ちを犯してしまうことはないと思います。
これはあなたがこれを機に完璧な人間になれるということではなくて、人間はどうしようもなくそういうものではあるしあなたも人間だけれど、その度合いがきっと軽くなるということです。
それはあなたのいう、許しとは違うものでしょうか。
あなた自身が少し変わったことで、それだけぶんは、許されたと考えることはできないでしょうか。
そして僕はあなたを許したいし、そう思う人はきっと多いはずです、こんな悩みを吐露できる場は多くないかもしれないけど。
許されるのは、これからです。
誰かと心を通じ合わせるチャンスは、またきっとやってきます。
そしてそのときその成果を全身で確認して、最後にあなた自身を許すのは、あなたにほかなりません。

5ヶ月ぶりのロングパス。ほんとうに、ごめんなさい。
もうすでに、あなたが許されていることを祈って、長々と書きました。
僕の心の引っかかりも、なくなりました。そのためにこうしてお答えしたのですけど。
このお答えがあなたにきっと届けば、僕はもう、思い残すことはありません。