宗教の虚偽性について質問した者です.経験に照らし合わせると自然法則の外にある意識や聖書の超自然的記述については妥当性が疑わしいですね. 3つほど考えた事があるので意見がお聞きしたいです. 1.信仰は科学と衝突するか? 人が神の存在を知っていることが直ちに自然法則と衝突するということは言えないと思います.例えば,ニュートンは受動的な物質に能動的に作用する力を神のわざによるものだと考えました.このような自然観においては神と自然法則は衝突せず,互いに不可欠だと思われます.勿論ここで導入される神が聖書の神であることは言えないですが,このような信仰の形が(一般的ではないとはいえ)有り得ると思います.続く

そういう信仰体系は理神論(神は宇宙を作って後は何もしない)ないし汎神論(自然こそが神である)と呼ばれますね。この2者ならば確かに科学と衝突することは少ないでしょう。前者は神の特性について具体的な説明を与えない限りは科学と衝突しませんし、後者に至っては自然の法則に神という名前を付けただけですからね。
なので、このような信仰(もはや信仰と呼べる要素がどこにあるのかは謎ですが)ならば、私も悪いとも間違っているとも(ほぼ)思いません。ただし、本当にそれが厳密に運用されているのか、はきちんとチェックする必要がありますね。
このような神が科学と衝突しないのは彼の仕事が物理法則の作成と運用に限定されているからで、言い換えるなら科学の明らかにした法則以上の何かを神がすることはありません。つまり祈っても何もしてくれないし、善や悪といった概念を与えてくれるわけでもなければ、まして死後の世界の安寧を約束してくれるわけでもない。この種の神を信仰するということは、運動方程式やシュレーディンガー方程式を信仰することとほぼ同義なわけです。果たしてそんな神様をどれだけの人が信仰するでしょうか?そこまで冷静に現実が見えてる人ならそのまま無神論に行っちゃいませんか?そのあたりが疑問ですね。

View more