2.不可知な命題は「虚偽」なのか 南さんは『「妥当性や蓋然性を著しく欠く」状態を虚偽』とするとのことでした.このような立場からすれば先ほどのニュートンが導入する神などの信念は確かめるのが難しいという点で「虚偽」であるのかもしれません.しかし,このような命題は否定することも難しく,言えることは精々真偽は不可知であるということで,虚偽であるという結論は一足飛ばしであると考えます. そこで,南さんは虚偽を単に「確証するには疑わしい」という意味で使うのか,それとも虚偽という言葉に「(観察・実験等によって)確証できない命題は偽と考えるのが良い」という立場を含意させているのかお聞きしたいです.

1の質問であった神は厳密な理神論/汎神論を貫くならば確かにせいぜいが不可知でしょう。ですが、世の宗教家が言う神は前述の通り厳密性を欠いているように見えますね(神が奇跡や啓示を通じて人間に干渉したり、聖書の記述を神の記述だと主張してみたり)。自分が虚偽と言っているのはこのあたりの「自然法則を侵犯する部分」に対してであることがほとんどです。

ただ、理神論については、宇宙の外側という(現状は)不可知な命題について「単一の知的存在が意図を持って関与している」と断定してしまっているわけですし、そこを虚偽と表現しても問題ないかと思いますね。不可知は不可知として扱うべきであって、不可知な命題を無根拠に真だと主張することは虚偽と呼ぶべきなのではないでしょうか。一方、汎神論は自然法則に神という名前を付けただけなので、(厳密であれば)別段の問題はないと思います。

えーっとなので、ご質問に対するズバリの回答は……。「論拠のない(もしくは薄弱である)断定」を虚偽と言っている、くらいの感じでしょうか。

View more