3.科学的事実は日常における事実よりも確からしいか 私は反対に日常における事実の方がより直接的で確からしいと考えています. 例えば熱力学(熱素の否定),相対論(エーテルの否定),量子論(粒子的描像の否定)とここ200年で科学の世界に対する記述は根本的に変わっており,帰納的に考えるならば現在の先端科学(素粒子論・量子情報理論)が文字通り成立するかというと,私が生きている間に別の科学革命が生じて放棄されるという未来の方が説得的です. 古典的科学の範囲内において人間の直感よりも科学的説明の方が確からしいと思われることについては,逆に実験が積み重なることによって科学が「日常」化したのだと考えられます.

そうですかね?日常的な感覚が科学によって否定されるなんてそれこそパラダイムシフトよりも頻繁に起こっていませんか?古くは地球中心説やアリストテレス的な世界観がニュートン力学によって否定されたり、悪い空気が原因だと思われてた病気が微小生物によるものであると判明したり、万物の霊長であり半神半動物だと思われてたヒトが大型類人猿の一種であると判明したり、日常的な感覚が誤りだったと判明した事例は枚挙に暇がないと思います。

例に上げている相対論や量子論だってそうです。ニュートン力学が暗黙のうちに仮定していた「絶対的な時空」「系は常に確定した物理量を持っている」という日常的な感覚が、厳密な観察と推論によって打ち崩されたのではないですか?

ただまあ、おっしゃる通り経験的に考えると現在の科学がどこかに誤りを含んでいる可能性は高いでしょうね。ですが、「どこにその誤りが潜んでいて」「どのように修正するのが正しいのか」の情報が何もない以上、とりあえず正しいと仮定して推論を進める他に取れる選択肢が無いんですよね。だって科学以上に厳密性の高い論拠を人類は持ち合わせていないわけですから。

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