田端氏の子どもを作るのはリスクヘッジだという発言の真意を読めずキレてる連中をどう思いますか?

田端氏炎上問題が想像以上に盛り上がっているみたいだから、僕も珍しく長文を書いたよ。
子供リスクヘッジ発言の流れは以下のとおりなんだよ。
① 田端氏:過労自殺は自己責任
② 弁護士:自分の子供が過労自殺しても同じこと言えるの?(弱者視点、当事者意識の提示)
③ 田端氏:子供人生だから仕方ないなーと思うだけ(自説の踏襲)+3人いるから1人死んでも大丈夫(論点ずらし)
まず、『過労自殺は自己責任』という田端氏の発言に対して、弁護士が『それは自分の子供が同じ立場でも言えますか?』と田端氏の発言に被害者目線、弱者視点、当事者意識が欠如していることを指摘しているんだね。
これに対する田端氏の反応としては、基本的に以下の3つの類型が考えられるんだよ。
① 自説の踏襲
過労自殺は自己責任→自殺した子供は自己責任だから仕方ない
② 相手の指摘を一部受け入れ自説を修正
被害者の立場になると会社を責める気は分かる→会社に責任があったとしても死んだら意味がない→自己防衛が大事
※余談だけど、おそらく、田端氏が過労死について本当に言いたかったのは自己責任ではなく自己防衛という意味だと思うよ。死ぬぐらいなら会社を止めてさっさと転職すればいいと。現実にこれを実勢できる人は限定されているとは言え、この考えそのものは大きく間違っていないと思うんだよ。単に、言葉と思慮が足りず、かつ、今まで溜め込んできたヘイトのせいで、悪意がある方向に解釈されてしまったんだね。
③論点ずらし
相手の主張の前提への攻撃等。後述。
この3類型のうち、実際に田端氏がとった反応は①自説の踏襲と③論点ずらしの合わせ技だったんだね。
つまり、田端氏は自殺したのは子供の責任だから仕方がないと自説を踏襲しつつ、それでは反論として弱いと思ったのか、子供は3人いるから一人くらい死んでもへっちゃらという不必要な論点ずらしに走ったんだね。
弁護士の問いには、『自分の子供は大事なはず』という暗黙の前提があるんだけど、田端氏はこの前提に対して、俺は子供3人でリスク分散しているから1人の価値は低いっていう前提潰しをしてるんだよ。
でも、ここでの弁護士の問いの本質は、自分が当事者・被害者関係者なら自己責任なんて冷酷なことは言えないでしょ?という被害者視点を持つことの提示であって、子供1人がどの程度大切かどうは核心ではないんだよ。
だから、田端氏の子供3人リスクヘッジは質問への回答として失当しているし、自説の補強にもなっていない、完全に余計な一言なんだね。
さらに、田端氏は、過労自殺は自己責任という超合理的な主張をするキャラのイメージを自己投影したせいか、子供の価値をそれほど重くみていないということを表現するために、『そういう時(自殺した時)のために子供を3人も作った。リスク分散』という中二病的イキり表現をしてしまったんだね。
田端さんは従業員に過労の責任を押し付ける非道な経営者ではないし、死んだ時のためのリスクヘッジを主目的として子供を作るようなサイコパスの超合理主義者でもなく、普通の人情を持った常識あるビジネスマンであり、父親なんだよ。ただ、くだらないツイッターの論戦で論敵から突っ込まれ、それまで演じていたキャラを上手く修正できずに、不用意な失言をしてしまったってだけなんだね。
要するに、『子供3人はリスク分散』発言に、深い意味や真意なんてなく、議論をやりとりするなかで筆が滑って出てしまった言葉の綾なんだよ。
だから、この発言について親の気持ちとしては理解できるとか、真意はこうだとか分析することはあまり意味がないし、逆に、これを捉えて田端はサイコパスだと本気で憤っている人達も日本語が不自由なだけなんだよね。
今回の一連の田端炎上騒動については、田端擁護・田端批判どちらの立場でも真剣に議論するほどの論点の深さはないんだよ。彼のイキり発言をからかう立ち位置が一番適切だったと思うんだけどね。

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