Ask @tkira26:

社会人になって毎日うすっぺらい話ばかり研修と称して新人に話す立場になり、それなり以上に中身の濃い話を90分とか(しかもそれを数十回)と話し続けることのできる学者はすごいなとよくわかりました。すみません、質問は特にないです。

.そういったことを実感した後に、大学の授業を(単発の聴講でもいいので)改めて受けてもらうといろいろと効果的なんじゃないかと思います。その先生が何かを伝えるためにどれぐらいの準備をしているのか、伝え方の工夫にはどのようなものがあるか、というのがよくわかるようになります。逆に、たいしたことないじゃん、と思うこともあるかもしれませんが、それはそれで重要なことでしょう。

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フェミニズムは誰がためにあると思いますか?と聞かれたら何と答えますか?それとフェミニズムは一般にパターナリズムを含むものだと思いますか?

.誰のためというのには関心ありません。あえていえば世界のためであって、世界をより上手に見るための視点を探求するものだと思っています。もちろん、それによって救われる人がいるとすれば喜ぶべきことですし、それを第一の目的として探求したり、実際に活動したりすることも重要だと思いますが、私がやっている研究は(少なくとも直接的には)そういうものではありません。
.パターナリズムとの関係については、どういった問題についてなのか明らかにしないことには答えられませんし、仮にそうしたところで、フェミニズムの各立場によってまったく違った答えが出てくるだろうと思います。

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卒業生から連絡がきたりしたら、忙しい先生だと迷惑に感じたりすることもありますか?現在受講生じゃない人にまでいろいろなことを聞かれたら教える手間が大変、とか、卒業した後に相談に行くことには気がひける感覚もあるので、研究者側の目線からアドバイスいただけると嬉しいです。

.卒業生が訪ねてきてくれるのは普通はうれしいはずなので、そんな遠慮せずに気楽に連絡してみてはどうでしょうか。本当に忙しくて対応できない感じだったら仕方ないですが、それで関係が悪くなることは別にないと思います。

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しつこくてあれなんですが、興味深いので深追いさせてください。とすると、学者の先生のなかにも、魅力的な仮説たてるのうまくて、講義は面白いわりに、執筆した学術書では魅力が伝わりにくい、みたいな人もいたりしますか?

.学術書とか論文って、それまでその先生が考えてきたことの、これだけは裏付けありではっきり言える、という上澄みの部分だと思ってください。たいていはその何倍もの、文章に書くまでには至らなかった面白い話がありますので、それを聞けるのは学生の特権だと思います。

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双方向でない大学の大講義は全部ネット配信などにしてほしいと受ける側は思うのですが、講義を担当する先生からみて、学内だけでオフレコなのとカメラ入って全世界に放映されるのだと話しやすさや話す内容に変化はあるのでしょうか。

.あくまで私の場合ですが、授業は教科書や論文に書いてあることからのプラスアルファの部分が重要だと思っています。まだしっかりと文章にできるまでは煮詰まっていないけれど、とにかく話すことで考えが整理されたり、学生からの反応をもらってさらに考えたり、ということができます。というか、受講する学生さんの側も、どこかに書いてあることじゃなくて、そういう部分こそ授業の意義だと思ってほしいところです。
.といった感じですので、もし公開で放映されるのであれば、そういった「まだ文章にできない話」はやりにくくなって、よいか悪いかはともかくとして堅実な内容になっていくんじゃないかと思います。

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論文の指導で指導教員とそりが合わないかもしれないと感じたときはどうすればいいですか?最近厳しいというより冷たいという印象を指導教員から感じるようになり、もしかして嫌われているのではないかと不安になってしまいました。どうすればいいでしょうか?

.指導スタイルとかは本当にバラバラなので、先輩とかに、あの先生がああいう状態のときはどうなんでしょ?と聞いてみるのが手っ取り早いと思います。たいていは単にちょっと仕事がたてこんでいたとかでしょう。でも本気でうまくいかない事情があるならば、適度に距離を取りながら研究を進めるとか、しかるべきところに相談するとか、身を守ること最優先で考えてください。

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先生のような方が体の立体感が強調されるとダメというからコンプレックスを抱えてしまう女性もいることに想いを致してください。男性には理解できないでしょうが…

.つながっているツイート(ドゥルシラ・コーネルの議論)も合わせてご覧になってください。あと「男性には理解できない」というのは対話を閉ざすだけでよくないと思います。

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いわゆる夫婦別姓問題に関連して思ったのですが、姓名を個人が好きな時に自由に変えられるようにしてはいけないのでしょうか。それが現在認められていないのは何故でしょうか。

.名は最初の呪いというように、本人の意思で簡単に変えられるようでは、この世に偶然に〈生かされて-ある〉被投性という実存的基盤が掘り崩されてしまいます。逆にいえば、芸名や筆名を名乗ったり、複数アカウントで分人的活動を行うことはその運命に抗い、自らの主体性を創出する幻想に身を投げることでもあります。
.そんなことはどうでもいいのですが、名前は法的な権利主体・責任主体としての連続性とか統合性、あるいは血縁関係、社会的な信頼などの identification の重要な単位ですので、それがあまりに流動的だと法秩序への脅威となります。したがって名前には一定の公的性格があって、自分の名前だからといってそう簡単に変えられないといえます。
.夫婦別氏の問題についていえば、同氏であることは法的な家族であることの同定にとって手っ取り早い確認手段ではありますし、それを超えて、家族の一体性とか愛とかの基盤になるという考えもまだまだ根強いといえます。家族を社会秩序の最小単位として、あるいは人口再生産の効率的な単位として社会が想定しているとすれば、その内的統合のあり方は社会的関心事です。個人の選択に任せるべきだと考えるのであればまず、その想定と、そこにおいて氏が同じであることがどれだけ重要なのか、ということについて批判しなければなりません。

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お忙しいなか失礼します。卒業論文を書こうとしている者です。論文を書くときのモチベーションが下がりそうになったときはどうするのがいいと思いますか?今テーマから仮説を立てるときにオリジナルなアイデアが思い浮かばずどうしても平凡なものになってしまいます。どうしたらよいでしょうか。

.卒論にオリジナルなアイデアなんて求められていないので気楽になればいいと思います。とりあえずそのテーマに関係する文献を、少なくとも日本語で書かれているものは「全部」読んでください。全部なんて読めるわけないだろ!と思ったとすれば、まだテーマが広すぎるということです。とにかく読めるぐらいまでテーマが狭められたならば、その時点でそこそこオリジナルなテーマになってるはずです。

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大学で法学を学んでいる学生です。吉良先生に質問です。 現在、日本におけるヘイトスピーチの規制の国内法の議論は主に憲法上の問題(特に表現の自由)が中心となっていますが、自治体がつくる条例(最近だと東京都)との間で問題(条例制定権などで)になったりしますか? 先生の講義シラバスの中に行政法があったので質問させていただきました。

.以下の論考などが参考になると思います。
山口道昭「ヘイトスピーチ規制条例の制定に向けて:罰則規定を中心に」、自治総研43巻9号、2017年。
http://jichisoken.jp/publication/monthly/JILGO/2017/09/myamaguchi1709.pdf

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病院のエアコンが壊れた事による患者の死亡で殺人容疑というニュースがありますが、もしこれが通ると学校や職場などまで広がってしまいそうな気もしますが「病院は責任があるが、学校や職場は責任はなく、熱中症になった本人の自己責任」とするならどういう理屈があるでしょう

.今回の件は詳細がわからないのであくまで一般論ですが、病院だったら入院患者の多くは身動きが取りにくいでしょうし、外部との連絡も難しかったりするでしょうから、病院側は高度の安全配慮義務を負うといえます。そこで過失があれば業務上過失致死などの疑いが生じるでしょう(殺人というのはよほど特殊な事情がない限り考えにくいと思いますが)。
.一方、学校や職場も原理的には変わることがなく、施設管理者や使用者はそこにいる人々の安全に配慮する一定の義務がありますから、場合によっては刑事・民事の責任が問われうると思います。ただ、入院患者と異なって、学生や労働者は移動したり外部と連絡をとったり、被害を避ける手段がある場合が多いので、その点で病院よりは責任が軽くなる場合が多いでしょう。しかし、それも状況次第ですので、学校や職場だからというよりは管理責任の具体的なあり方を考えるほうがいいと思います。

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試験制度って点を取ることを唯一絶対の価値として信奉しているようで点を取ろうという意識が低いです。別の方法でも(例えばOJTのように多重債務者支援や悪質商法対策のボランティアに参加して勉強し実務経験を重ねる)弁護士になれる方法があっていいはずだと思うが、ないから現制度をしていると反論されますが、それは論点先取りの虚偽だと思います。そう考えているうちに、非弁等々の禁止規定を設けて時間が過ぎ生活費も絶えることを実感させて兵糧攻めのようにして、結局は現制度に屈するしかないんですね?

.複雑な状況でどんな点が争点になるかを整理したうえで法律の言葉で主張を組み立てることが、弁護士の仕事で最重要の部分といってよいかと思います。司法試験がその能力を測るのに適切かどうかというと、むろん改善の余地はあるにせよ、おおむねそう思われてきたわけでしょう。なので、それがあまりにも苦手だと弁護士の仕事もやりにくいのではないでしょうか。もちろん、社会的弱者の救済には多様な方法がありますので、ご自分の適性に合ったものを目指すのがよいと思います。

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法哲学の分野で修士課程に進学したいのですが研究計画書に苦戦しています。特に、現在の議論に対して規性性・独創性のある論点を示すことが難しいです……。 (修士の)研究計画書において研究の新規性や独創性は重視されるのでしょうか? 先生のご意見をお伺いしたいです。よろしくお願いします!

.それは指導方針によりますので、受験予定の大学院の先生にアポとって質問してください。事前相談を受けない方針のところもありますが、その場合はそこの院生の方などに聞くのがいいでしょう。

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アカデミックに哲学するには、やはり、哲学史を網羅とは言わないまでも、一通りはその体系、系統を知っておく必要があると思いますか?

.授業をするうえではある程度、通史的・概論的なことも求められますし、研究指導もできないといけませんので、「知っておくに越したことはない」というのはあります。狭義の研究でそれがどれだけ必要かというと、研究のスタイルにもよりますので人それぞれでしょう。

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吉良先生は、仕事でたまったストレスは、誰かに相談して発散してたりしますか?ストレス解消法がなにかあったら教えてください。

.仕事に関わるネガティヴなことは他人に言わないので、そういうのはないです。かといって何かためこんでいる感じもしないので、世間的にストレスといわれる種類のことは受け流して終わりにしてることが多いんだろうと思います。

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デザイナーベイビーの倫理的な問題に関する質問です。 親がまだ存在しない子供に対して どういった遺伝子が良くて、どういった遺伝子が良いものではないかを選択して、その遺伝子を持たせることを 世代間正義の問題として考えることは適切ですか? それとも世代間正義はもっと大きな問題のみを扱うものですか?

.いまだ存在しない対象とのあいだの規範的関係を問うものですから、世代間正義の問題そのものだと思っています――「次の時点」の正義を考えた途端に世代間正義が問題になるというのが私の出発点で、通時的な正義論なしに共時的な正義論はありえないぐらいの強いことを考えています。また、最近の関心としては、シルバー民主主義時代の統治構造論とか、ゲノム解析が進むなかでの福祉国家の存続可能性とか、比較的近い将来世代との関係で問題になることを考えることが(具体的に取り組む手がかりが豊富ということもあって)多くなっています。

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大学時代は勉強が楽しかったのでゼミの仲間と仲良くできたのですが、社会人になったら職場の人と仕事以外でベタベタする気になれず、交友関係が気薄になってしまいました。かといって社会人の勉強会てきな集まりは大概意識高い系な感じのビジネスの話が主流なので、なにか手頃なものの探し方を教えてくれませんか。

.研究会とか読書会で検索したらいっくらでもヒットしますから、よさげなものに出てみればいいじゃないですか。勉強不足でぶっとばされるということは、普通、ありません。

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こんなくだらないことを聞くんじゃねえよって思われそうですが、双方向形式でない法学の授業には、積極的にどのような意義を見出せばよいのでしょうか。その先生の最先端の関心領域を知りたいということなら、口頭の話を聞くことにも意義があるのはわかるのですが、特段そういった事情があるわけでなければ、あえて口頭による音声でインプットすることにあまり意義があるとは思えません。講義をやっている大半の先生からしてみても、「身につけたいなら本読め」というのが本音で、あまり講義はやる気も起きないのではないかと思うんですが、実際のところどうなのでしょうか。

.講義ではもちろん教科書的な基本的内容も話されますが、それだけではなく、まだ教科書や論文に書かれるには至っていない萌芽的な見解も随所に出てくるはずですので、そういった内容に触れる意義がひとつあるでしょう――授業をする側のモチヴェーションとしては、その分野全体の知識を伝達可能な形で整理し直すことともに、まだ文章に書くには至っていないことをとにかく話してみる、ということもあります。言葉にするだけでも考えが整理されて問題点が見えてくることもありますし、学生さんの反応があればさらにそれが有意義なものになりえます。
.もちろん、1回の授業でそうそう新規性のあることが出てくるはずもないんですけど、でも、教科書そのままの授業はありえないと思います。たとえ内容的には同じであっても、声の抑揚などから強調ポイントがわかったりすることはあるわけですね。また、同じような内容を話しているように見えて、実際はほぼ必ず、その先生独自の理解というか、教科書とのズレがどこかに出てきます――上に述べたように「まだ論文に書けない」内容であればそれがよりはっきりとしたものになるでしょう。そのズレがどんなふうな理解の違いに基づくものなのか、というのを考えてみるのは、その科目の理解を深めるうえでとても重要なことです。なので、教科書に書かれていることと授業で話されていることを比較するためにも予習復習が不可欠、ということになります。

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