ポストモダンと法哲学の関係について

 法哲学では明晰さがとにかく求められるので、ぼやっとした言い方で問題をひたすら大きくして、「それって現実に当てはめると何をすればいいの?」というのがわからなくなってるポストモダン思想はすこぶる評判が悪いです。一方、現実に当てはめて何かわかるようなものはだいたい、それまでの法思想で誰かしらがもっと明晰に言ってるので、余計なレトリックでごまかしやがって、とさらに評判が悪くなります。
 でも、そうはいってもある程度の影響力はあって、批判的法学研究(CLS)、ラディカル・デモクラシー、第二波以降のフェミニズム法学、法と◯◯(Law Ands)といった分野では、ポストモダンの近代批判のモチーフが生きています。法の普遍性とか一般性に対し、そこからこぼれおちる何かを追い求めるための批判的視座というか。たとえば「人権」という概念はそれなりに便利な大人の知恵だから使っていきつつ、一方でその不徹底とか欺瞞とか普遍化の暴力とかそんなのを同時に批判するような、二重の、まあいってみれば(別に悪い意味でなく)寄生的な運動は、相応に真剣に受け止めるべき問題を提起しています。
 そういうのでない、まるっきりのポストモダンな法哲学がありうるかというとそれはよくわからないし、あるとすればもはやそれは「法」哲学の役割が終わった世界を対象とするものだと思います。

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