世代間正義は成立すると考えられているのですか?

共時的な正義はとりあえず人数確定してその中での分配を考えればいいですが、通時的な世代間正義は普遍化すると時間的にキリがなくなって不可能になる、ということで単なる「応用問題」ではなく固有の問題領域を形成する、ということで研究しています。要するに、正義の及ぶ範囲をどこかで「切る」必要があるわけですが、わたしのアプローチは現在世代の責任(とその基礎としての想像力)が及ぶ範囲によって基礎づけようとするもので、結論としてはかなり限定的にのみ成立を認めるといった感じです。
「通説」というのがあるような領域でもありませんけど、そういう時間的範囲の問題を考えないで一気に通時的普遍化しちゃう議論ばかりなのにモヤモヤしたのが、こういう問題を扱い始めたきっかけのひとつです。知識の限界とかを根拠にして適切な割引率を設定するとか、いろいろプラグマティックなやり方はあって厚生経済学とかではそういうのが主流だと思うんですが、わたしは、将来世代は〈そもそもまだ存在しない〉〈存在させるかどうかは現在世代の選択次第である=依存的存在である〉というあたりを重視して、存在論的な話をうまいこと絡めていく方向で考えています。
アプローチとしてそもそもどんなものがあるか、という紹介で入門的なものとしては、私の論文「世代間正義論」(国家学会雑誌119巻5-6号、2006年)、「世代間正義と将来世代の権利論」(愛敬浩二編『人権の主体』法律文化社、2011年)などの先行研究サーヴェイのところをご覧になっていただければ幸いです。応用倫理学系の重要論文アンソロジーとしては、K. S. シュレーダー=フレチェット編『環境の倫理(上・下)』(晃洋書房、1993年)が有益で、各種の立場の基本的発想がよくわかります。ただし、昔の論文を集めたものなので、D. パーフィット『理由と人格』(勁草書房、1998年[原著1984年])の非同一性問題とかでほぼ無効になっている議論が多く、注意が必要です。非同一性問題以降の各種のアプローチの洗練については、もちろんあちらでは議論が猛烈に深まっていますが、日本語で読める紹介は残念ながらそんなに多くないですね。

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