どうしてももやもやしてしまうポストモダンな書きもの(例えばドゥルーズとかデリダとか)を読むときに気をつけるべきことはなんでしょうか?というか初心者はこう読むといいよ、みたいなのありますか?

 そもそも読む必要あるのか、もっと人生に大切なものはたくさんあるのではないか、という根本的な問題はさておくならば……、どうせこいつらポエム書いてるんだからわからなくて当たり前、ちょっとでもグッとくるところが見つかればもうけもの、ぐらいのつもりで読むのがいいんじゃないでしょうか。減点法で読むのではなく、加点法で読む。そうすると案外、お、なんかこれかっこよくて使えそうじゃん、というところが見つかってくると思います。
 あるいは、いきなり読んでも仕方ないので、ちゃんとした入門書を読んで「枠」のようなものを作ってから臨むのもいいとは思います。こっち系統の入門書は、なんとかわかるようにするために思いっきりいろいろ削ぎ落として単純な構図を作っているものが多いです(それは入門書の役割なので悪いことではありません)。それを踏まえて読むと、なんか小難しい言い回しをしているけど結局はそういうことなのね、というふうに合点がいくところが多いでしょう(全部そう思えたならば入門書だけでよかったということになります)。いや、そうはいってもなんかそこに収まらないごちゃごちゃしたことが書かれているな、と思ったら、そういう箇所こそ集中的に読むか飛ばすかすればいいです。
 
 あとは「合う」論者を見極めることですかね。ラカンやデリダやドゥルーズガタリなんかは、そもそも「わかる」ように書かれていないというか、「わかる」ことそのもののを拒否するみたいなかっこいいところがありますので、もうこのへんは合う合わないの気がします。何かうまい具合に波長が合って、オーイエーと感じられるならばそれはそれでいいし、合わなければなんかもう別にいいでしょう。
 もちろん、フーコーとかレヴィストロースとか、ポストモダンの中でもそれなりに明晰な書き方をする人もいますので、そういうのから入るのも。もう少し最近の人だとランシエールとかバリバールとか。どっちかというと政治哲学とか社会哲学といったものに分類される人は、そこまでわけわからんこともないと思います。「ポストモダンの中でも、フーコーだけはそれなりにまとも」とかいうとかっこいいということになっています。最近の若い世代だと、ちょっと注目を浴びつつあるメイヤスーとかは英米の分析哲学的な議論を踏まえているので、そういうのに馴染んでいる人には読みやすそうな印象です。

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halt@yuanshanlong