現代において、ケルゼンを読む意義はありますか?

 世の中には成熟する学問とそうでない学問がありまして、哲学も法学も法哲学もそうでない学問です。成熟する学問というのは、だいたいの自然科学系や、あるいは経済学や心理学とかが入ります。成熟する学問だと、数十年前とかの論文を読む価値は、歴史的な意味を別とすればほとんどない。これ以上は戻らなくていいからね、というポイントを固めてよいのがここでいう成熟ということです。哲学のなかでも科学哲学などは多少そういう性格がありますね。
 そうでない学問の特徴は何かというと、いつでもどこでも根本的なちゃぶ台返しができることです。なので、アリストテレスとかいきなり出してきてもそれが最先端の研究になりうるわけです――といっても、最近の先行研究をちゃんと踏まえていないとちゃぶ台返しそのものができない、というのは現実的にはありますが。
 そういう学問では、ケルゼンだろうが誰だろうが、一度それなりに名の知られた学者について、いつか読む意義が失われるということは基本的にありません*1。そんなもん誰が読むんじゃい、というものがいきなり復活することは哲学史的にはしょっちゅうです。たとえばロールズの『正義論』が社会契約論を復活させた、みたいな例を考えるとわかりやすいんじゃないでしょうか。
 
 それでケルゼンですが、今でも普通に世界中で読まれていますし*2、法実証主義とか論じるうえではとりあえずすごく極端なことを言った人ということでいつも念頭に置かれるわけなので、普通にアクチュアルな存在なんじゃないかと思います。日本では80年代ぐらいまでに流行りすぎた感があって、その後ちょっとそれの反動で、あえて忘れようとするような雰囲気もなかったわけではありませんし、現在も若い人で取り組んでいる人は正直あまりいないんですが、どこかでひょっこり復活することは十分にあるでしょう――日本の法哲学の参照先が英米中心になっていて、ドイツ語をあまり読まなくなっているというしんどい事情はあるんですが*3。
 わたし自身はケルゼンわりと好きで、予見可能性の保障を核とする規範的で排除的な法実証主義をケルゼン使ってリバタリアン的にいえたらいいなと思っていますが、大きな話なのでいつになることやら。
 
*1 大昔の心理学に依拠してたリアリズム法学とかは厳しいかもしれんね。
*2 最近の研究動向について、参照、森村進「北京で開かれたハンス・ケルゼン生誕130 周年記念国際シンポジウム」(一橋法学10巻3号、2011年:http://ci.nii.ac.jp/naid/110008733773)。中国でのケルゼン研究は最近盛んで、それは社会主義的に(?)都合がいい理論だからといった理解もあるようですが、個々の内容を見てみると別にそういうわけでもないです。ロールズ研究とかもすごく盛んになっているので、法/政治哲学の研究が全般的に盛り上がっていると考えるほうがいいでしょう。ほか、もちろん欧米でも論文や著書がうじゃうじゃ出ています。
*3 このあたりの日本のケルゼン研究事情について、参照、森村進「根本規範という概念は有用か?」(同じく、一橋法学10巻3号、2011年:http://ci.nii.ac.jp/naid/110008733772)。他には、長尾龍一「日本におけるケルゼン」(『ケルゼン研究Ⅲ』慈学社出版、2013年)などの一連の著作も。

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