世界正義って存在すると思いますか?

 たとえば何らかの加害行為があったとして、それについて賠償するとかの矯正的正義の有無が国境によって決まるのはおかしいですよね。トマス・ポッゲやアイリス・マリオン・ヤングがいうような「構造的加害」になると難しい面はありますが、その難しさは事実レベルの話なので規範的な影響はたぶんないと思います。
 そういうのを超えて、実質的な分配を要求する正義になると多少、難しくなるところはあると思います。ロールズ的な互恵(敬)性(reciprocity)が成り立つ範囲(現実にはだいたい国民国家とされる)に区切るべきだし、むしろそのほうがいろいろ捗るという立場もあります。それでうまくいかないときはグローバルな正義の出番、という二段構えの議論をするロバート・グッディンとかの割当責任論も相当に強力ですね――なんかこれ、強力すぎて正直むかつくんですが(!)、それはそれとして。
 私自身の立場としては、正義のような原理的な話が国境のような歴史的偶然によって左右されるのには無理があると思いますし、たとえロールズ的な reciprocity を正義の前提条件として考えるにしても、グローバル化の進展とともにその線引きは揺らがざるをえないと思っています。なので、内容がどういうものであるかはまた別として、とにかく世界正義の要求というのがあるんだというのは認めて、あとはそれをどうやって効率的に実現していくかという制度的な話になっていくんだろうと思います。もちろん、正義による完全義務をあんまり認めても非現実的なことになってしまうので、人道的見地からの不完全義務とうまく組み合わせるといった話も必要かと思いますが、これ、どうもアドホックな話になってきそうで、なんだかどうなんかね、ともぞもぞ考えているところです。
 

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