実定法学と法哲学の間で、問題意識や議論の焦点の「ズレ」を感じたことありますか?

 んー、たぶんそのへんは一般的に「こんな感じなんだろうなあ」とイメージされる「ズレ」でだいたいあってると思います。実定法学だったらまず条文や判例があって、その枠のなかで洗練した解釈を考えていくのに対し、法哲学だったら使えるものはなんでも使って、今ある法律なんてダメなものだったら変えちゃえば?とかそんな。
 ただ法哲学の場合、それはあくまで仲間内の議論のときであって、実定法の人にそのままふっかけてはならんのだ、という切り分けは意識的にやっていると思います。実定法(に限らず、隣接分野全般)の人と議論するときには、できるだけ相手の問題設定を踏み外すことなく、そのなかでどれだけ変なことが言えるかが勝負、みたいな自制があるというか。ひたすら相手に内在的に、という議論態度は、法哲学が学際的に何かするときの最大の美徳といっていいんじゃないかと思います。まあ、狭い分野の作法をそのまま外に出しても仕方がない、という生き残り戦略ともいえますかねー。

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