リバタリアニズムは保守主義?

 1) リバタリアンな秩序に至るまでと、2) 至ってから、で段階を分けたほうがよさそうですね。
 以前にこちら(http://ask.fm/tkira26/answer/108086761703)でご紹介したクィントンの三分類に当てはめてみますと、①歴史主義、②懐疑主義、③有機体論、が保守主義の特徴ということになります。1) 2) と①②③で6通りの組み合わせができますが、さてどうなるか。
 1) はリバタリアンな秩序をどんなふうに実現するかの問題です。このまま経済のグローバル化が進み、国民国家のプレゼンスが下がっていくにつれて漸進的に実現されていくだろう、と考えるのであれば①歴史主義、そうした漸進的な歴史的発展(?)を信じ、人為的な革命とか設計による達成に懐疑的であるならば②懐疑主義にあたることになる。③の有機体論は、この文脈だと(グローバルな市場とは区別可能な)共同体による秩序形成能力にどれだけ期待するかという話にしちゃっていいですかね。①②はたぶんコインの裏表の話なのでまとめてしまってよさそう。穏健なリバタリアンは、程度の差はあれ、だいたい①②を採りそうですが(ここでいう「程度」でたとえば「民主主義」への評価が分かれる)、アナキャピとかで特に急進的なのは①②を否定するかもしれない。③をどれだけ採るかはそれぞれのなかでも分かれそうです。まあ、グローバル市場のポテンシャルに期待するリバタリアンが多いと思いますけど、クロポトキンの現代版みたいなアソシエーショニズムに期待する向きは③を採っていると考えていいかもしれない。
 2) はそれによって実現されたリバタリアンな秩序がどんなふうに維持されるかの問題です。これはおそらくもう少し争いが少なくなる。実現されたメタユートピアにおいて各個人や各共同体が自由に競争するなかで自生的な秩序が形成されればいいわけなので、①は否定しにくい。②も、公権力の役割は最低限に抑えられるわけなので懐疑の対象それ自体が最小化される。③については、秩序形成機能を市場が担うか共同体が担うかで分かれそうですが、両者を補完的なものと考えるのが穏健な感じ。
 
 ということでまとめると、1) リバタリアンな秩序に至るまでの構想においてはどこまで設計主義的なやり方が可能かどうかで保守主義だったりそうでなかったり分かれそうだが、2) 至った後はおおむね保守主義的な秩序維持構想が描かれている、ということでいいんじゃないかと思います。ざっくりいえば、おそらくだいたいのリバタリアンは保守主義的な特徴を多く有していると。
 もちろん、こういうのはたとえば自民党を支持するかどうかとかいった意味での「保守」とはあんまり関係ないので、そもそもの分類からして現実を無視してるとか抽象的すぎるとか異論があるかもしれませんが、それならそれでまた別の適切な分類を出してもらえばよいのではないかと思います。保守主義というのは冒頭のリンク先にも書いたとおり、アンチ理論としての「態度」のようなものですので、分け方はいろいろです。なんか、そういってしまったらリバタリアニズムは保守主義か?と問うこと自体があんまり意味がなくなってしまいそうですけど、それはそれで別に誰も困らないから別にいいでしょう(ぇ

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