リバタリアン的にはどうしてスカートの中を盗撮してはいけないのですか?

 たとえば痴漢行為だと、接触があるわけなので身体的自由の侵害としてリバタリアン的にも普通に説明できますね。盗撮だと物理的な侵害がない場合が多いでしょうから、そこまではっきりとした説明は難しいかもしれません(暴力的な手段を用いた場合はもちろん別です)。
 盗撮行為は性的不快感を強く催させるものですし、そんなものが横行するとおちおち外を歩けなくなる、というのは確かです。ただ、それがリバタリアン的な消極的自由の(少なくとも直接の)侵害かというとそうは説明しにくいので、また別の説明をする必要があります。最近はネットにでもばらまかれると影響力も大きいですから、非犯罪化するわけにもいかないでしょうし(民事的対応でどこまでいけるか、というのはひとつの論点になりますし、それで十分に抑止効果その他があるならばそのほうが望ましいとリバタリアンは考えます)。なので、そこは街を歩く自由や性的自由が脅かされるといろいろ困るから、という帰結主義的な説明にせざるをえないのかな、と思います。
 リバタリアンな刑罰というのも考えがいろいろありまして、たとえば盗撮など性犯罪の場合は、懲役や罰金などよりは氏名公表などのほうが各種コストも低い上に懲罰的効果が高い、といったこともありえます。あるいは、性犯罪の多くは刑罰による抑止が期待できない場合もありますので、治療的措置を優先させるほうがよいこともあるでしょう。強姦などになるとさすがに、一定の強制的な隔離をせざるをえない場合がほとんどだと思いますが、盗撮などであれば、たとえば一定の矯正プログラムを民間の治療施設で受けることをもって刑の執行を一部免除するとか、いろいろな対応の可能性があると思います。
 といってももちろん、被害者感情や応報的正義の問題は当然にありますので、そうした矯正だけを考えるわけにもいかず、刑罰の必要性は残るかもしれません。

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