http://m.theatlantic.com/magazine/archive/2011/07/the-brain-on-trial/308520/ 本を読んでいたら神経法学という分野を知りました。これは法哲学でも関わりがでてくる分野なのですか? 日本語で読める文献などご存知ですか?

1) 自由意志と責任論
.「(脳)神経倫理学」とかいった分野で、倫理学者や認知心理学者の方々が積極的に研究されているところですかね。道徳心理学とかとともに、最近急速に発展しています*1。自由意志と責任論、みたいな古典的テーマを大きな影響を与える可能性があるので法学的にも重要ですが、「神経法学」という日本語は今のところあんまり聞かないです。
.哲学的な決定論とはまた別に、もっと脳とか神経の物理的なレベルで自由意志の存在が危うくなるとしたら法的責任のあり方も変わりそうなものですが、まだそのへんは(少なくとも日本では)倫理学などからの示唆にとどまっていて、法学者が本気で取り組む例は少ないんじゃないかと思います。刑法の研究者などとの個人的な会話レベルでは多少は出るんですが、研究書レベルになるとちょっとどうか。
.これはひとつには、そういった事実レベルでの自由意志論と、規範レベルでの責任論はまた別の話であって、前者が揺らいだからといって後者に影響があるわけではない、という伝統的な考え方が根強いからでしょう。こうした二分法がどこまで維持できるのか(というか維持されているのか?)はよくわかりませんので、今後のこのあたりの研究には徐々に反映されてくるのかもしれません。

2) 道徳と物理的条件
.そうした古典的な自由意志論から離れて、人はある物理的刺激に対してどういった道徳的反応を示すか、といった即物的な話でしたら、最近のいわゆるアーキテクチャ論などとの絡みで、刑事政策論や犯罪法社会学(やそれに関心をもつ法哲学)で最新のトピックとして浮上している印象です。どういった外的刺激を与えれば犯罪行動を減らせるか、あるいはそういったことを行うこと自体の道徳的な正当性はどれだけあるのかとかそんな。「割れ窓理論」みたいなものをもっと丁寧に見ていく感じ、といえばイメージがわいてくるかもしれません。
.あと、そういう犯罪防止とはまた逆方向に、人々にもっといいことをさせるための物理的条件とはどんなものか、といったことを考えるのも、行動経済学などの知見を援用しながら盛んになっています*2。食堂で野菜を前の方に置いたらみんな野菜よく食べて健康とか。これはさすがに卑近すぎる例か。ほか、政治過程における情念とか感情とかいったものの位置づけの研究も最近は盛んで*3、これもそうした脳神経科学での道徳意識研究の発展と相応にパラレルなものではあるでしょう。神経経済学とか神経政治学といった言い方もあるにはあるようですが、日本でそんなに使われている言葉なのかな。字面からだと何やってるかよくわからない、という訳語の問題がありますねー。
.人間の行動とか道徳とか何かそれ系のものは結局のところそういう物理的条件に還元される、みたいな強い自然主義(というか物理主義)の人もいれば、いやまあ、そういう面があるのは確かだろうがそれで全部わかるわけもないのでぼちぼちやろうという穏健派も、といったところ。私は前者のほうがすてきだと思いますが、たぶん少数派です。

*1 ブレント・ガーランド『脳科学と倫理と法――神経倫理学入門』(みすず書房、2007年)、信原幸弘・原塑編『脳神経倫理学の展望』(勁草書房、2008年)、美馬達哉『脳のエシックス』(人文書院、2010年)、苧阪直行『道徳の神経哲学――神経倫理からみた社会意識の形成』(新曜社、2012年)、などなどたくさん出ていますが、法学者の参加はまだあまりないようです。
*2 リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン『実践 行動経済学』(日経BP社、2009年)など。※サンスティーンは著名な公法学者。
*3 マーサ・ヌスバウム『感情と法――現代アメリカ社会の政治的リベラリズム』(慶應義塾大学出版会、2010年)など。

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