「私が投票に行っても政治は変わらない」という人をどう思いますか?

.実際、変わるわけないのでとても合理的な態度ですよね。個人的な利得もゼロ、というか手間を考えたらむしろマイナス。にもかかわらずなぜ人々は投票に行くのか、という投票行動分析は面白いところです。
.「投票に行くのは国民の権利であると同時に義務である」みたいな政治思想にはそれなりの伝統がありますが、そういうちょっと無理のある発想が一般人レベルでもけっこう浸透している、というのはなかなか不思議な事態ではなかろうかと思います。日本でいえば「自己統治」とか「参加民主主義」みたいなものへの意識はそんなに強くないでしょうから、何かもうちょっと別のものが育まれてきたと考えないといけないところでしょう。1) 「あなたの一票」の価値は、現実に政治を変えるかどうかというレベルにはなく、「お世話になったあの先生への感謝の気持ちの表明」という情緒的なレベルにある、みたいな思い込み?をうまく作り上げたのが昔の自民党のうまかったところなのかもしれません。「一票も積もり積もれば山となる」みたいなまわりくどい説明よりも、そういう情緒的な義務感にダイレクトに持っていくほうがやっぱ強いんでしょう。
.ただこれだけだと最近の自民党の地滑り的勝利などをうまく説明できないので、たとえば、2) 「勝ち馬に乗る」ことへの爽快感みたいなものがある(というかそれをマスコミが?煽り立てている)とかそんな。これが55年体制下での中選挙区制だったら、「基本的に自民党を支持するけれども、あまり勝たせて調子乗らせたらむかつくので、大勝しそうなときは社会党に入れてバランスを取る」みたいな層もそれなりにいました*1。現実には自分の一票だけでそういう影響力を持つわけはないのですが、何かそういう、政治をコントロールしているふうな幻想を持つことができるのも重要なところなのかもしれません。逆にいうと、うまいことそういう幻想を振りまいた側こそ、選挙に勝つわけです。
.以上は一般論ですが、私がなんで投票に行くのかというと、あんまり上で述べたようなこととは関係なくて、たとえば投票所の小学校みたいな非日常的な空間に入れるとか*2、「地元」の人々にリアルに触れ合えるとか、そういうのが楽しいからというのもあります。要するにお祭りの楽しさですね。池袋みたいな大都会?に住んでいると、そういう地元コミュニティがちゃんとあるのを実感するのはなかなか得がたいというか、ふるさとに帰ってきたような感覚があるんですよ(またおおげさな)。なので、何が何でも投票に行かない!とがんばってる人に対しては、別に政治とか関係なしに、ちょっとそういうお祭りを覗いてくるのも楽しいよ?みたいにおすすめすることにしています。

*1 くまモン知事として有名になった蒲島郁夫先生が提唱した「バッファー・プレイヤー」説。『戦後政治の軌跡――自民党システムの形成と変容』(岩波書店、2004年)などを参照。
*2 最近の小学校のバリアフリー化のあり方とか、そういうのを知っておくこともけっこう重要ではないかと思います。

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