正義と善って何が違うのですか?

.そういうふうに対比されるとき、善は個人個人の生き方の「よさ」です。日本国憲法13条の「幸福追求権」でいうところの「幸福」みたいな感じです。リベラルやリバタリアン的にはそんなものは各人がバラバラに判断すればよいものとされます。でも、各人が勝手に幸福追求していると、どこかで衝突する場合が出てきます。その「正しい」調整原理が「正義」です。
.問題はその正義の内容ですが、リバタリアン的には、他人の自由や財産を侵害してはいけない、という消極的なものにとどまるのが基本です。J. S. ミルの「危害原理」のようなものだと思ってかまいません。リベラルはそれに対し、いやいやそんな消極的なルールだけではダメでしょ、もっと資源配分などして公正な競争の条件を保障すべきです、みたいに考えたりします。ロールズの「正義の二原理」はそんなふうなものです。どこまで認めるかはそれぞれですが、個々人の生き方のよさ(善)から独立して、それを統制する正しさ(正義)というのがある、というのがここでの基本です。「善に対する正の優位」とかいいます。善は人それぞれに異なってかまいませんが、「正義」はそれを超えて社会的に(普遍的に?)共有されるべきものといえます。
.そういう分け方に文句をつけたのが、おなじみサンデル先生とかのコミュニタリアン(共同体論)で、いやいや、正義がそんなふうに個々人の生き方から独立して何かあるわけないでしょ、むしろ共同体の伝統とかに規定される善のほうが先にある、みたいなことを言ったとされています。「されています」というのは、ここにそんなにちゃんとした対立があったのかどうか、いまから考えると微妙だからですが、とりあえずあることにして論争がなされました。それがいわゆる「リベラル・コミュニタリアン論争」の論点のひとつです。じゃんじゃかじゃん。

※ 教科書を書く練習をしておるなぁ。

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