民主主義を否定するリバタリアンはいませんか?

.アナキストだったら民主主義もへったくれもないんじゃないでしょうか。リバタリアンだったらいろいろ分かれそうです。リバタリアンな世界が実現されるのであれば独裁でも何でも、政体は何でもいい、と考えるならば民主主義にこだわる理由はないですね。
.とはいっても、民主主義というのはいろいろな社会問題を「発見」したりその情報を集約するためのすぐれた仕組みではありますから、リバタリアン的にもそれなりに使い勝手のいいものだとは思います。たとえば、最低限の公共事業+αを(穏健派)リバタリアンは認めますが、特にその+αなどは社会状況によって決まる部分も大きいので、理論的にすぱっといえない場合も多いわけです。
.なので、そこらへんをうまく見つけ出す手段として、そしてそれに正統性を与える手段としての民主主義は、そんなにあっさり捨て去る必要もないだろうと思います。もちろん、問題発見や情報集約としては市場のほうがだいたいは優れていますが、正統性付与機能はさてどうだろう、というところなので、まあ、両方あれば強いよね、という感じでしょう。リバタリアンが民主的正統性とか言うかぁ?といわれるかもしれませんが、ないよりはマシなんじゃないかなぁ。

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