かつてヨーロッパでは、哲学は神学の婢にすぎないという烙印が当たり前のように押されていた時代もありましたが、吉良さんもご承知のように、哲学と宗教は必ずしも調和するわけではありません。創価大学には創価学会の信者の学生が沢山いると思いますが、特定のドグマを無批判的に受容する信仰という実践と、あらゆるものを疑おうとする哲学という営みの一部としての法哲学の実践は矛盾しないのでしょうか?吉良さんはどういう決意の元に創価大学で法哲学を講じることを引き受けられたのか率直なお気持ちを教えて下さい。創価学会の教義も自由な批判にさらしているのか否か、宗教大学で哲学系の授業を持つ可能性のある万人が共通に抱く疑問に対し

.まずご理解いただきたいのは、私は創価大学、それからご質問の趣旨からすると国際基督教大学も入ると思いますが、いずれも私は非常勤として法哲学を講じているということです。もちろん、非常勤講師もその大学の教育の一部を担う以上、当然にそこの教育理念のもとにあります。しかし、こうしたご質問にこういう場でお答えすることが立場上、適切かどうかわかりませんので、ごく限定的な回答にとどめます。もし、さらなる回答をお求めでしたら、メールや面談その他、別のしかるべき形でお願いします。
.両大学での講義ではさまざまな見解を紹介し、比較検討していくなかで自分なりに考えをふくらませてもらっています。大学によって特に内容を変えることはしておりません。もちろん、受講者の反応を見ながら弾力的に進めておりますので、要望の多いテーマを扱ったり、ディスカッションを進めていくうちに予定していなかった方向に進んだり、といったことはあります。しかし、特定の宗教上の教義そのものの賛否を問うテーマは扱っておりませんし、今後もそのつもりはありません。たとえば自然法論などを扱うにあたって若干の関わりがないわけではない、といった程度のことはあるでしょうが、それはあくまで法哲学という学問のなかでこれまで議論されてきた一般的な枠組みにおいてです。
.信仰の捉え方について少々、違和感があるのですが、いずれの大学でも、特定の教義の無批判的な受容を推奨しているということはまったくありません。大学である以上、さまざまな見解を学び、自由な議論を交わしていくなかで幅広い教養や専門的知識を身につけていくことが学生に期待されているのは当然の前提かと思います。そのうえで信仰とどう向き合うかは個々人の問題になりますが、両者は矛盾するものではなく、むしろ生産的な関係になりうるという教育理念があるからこそ、こうした大学が運営されているものと考えます。

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