とうとうウナギが絶滅危惧種に指定されたようですが、リバタリアン的に「個々の動物に権利は認めないが、種が絶滅しない権利(?)は認めて、その為の規制を良しとする」という理論に根拠があるとしたらなんでしょう。また、その理論を認めたとして「人間社会に害があるかどうか」でその規制の対象に適用するかしないかを区別するというのはどうなんでしょうか

.ウナギとかは獲れなくなってきたら値段が上がって金持ちしか食べられなくなるわけで、結果的に保護されるんじゃないでしょうか。ふつうの人はアナゴを食べればいいと思います。そうこうしているうちにまた増えてきて安くなったら食べられますので、市場メカニズムに任せるのがいちばんいいでしょう。
.しかしそうはいってもその過程で乱獲とかあって不可逆的なまでに減ってしまったら困りますが、現実には漁協とかの中間団体が、いまどれぐらい減ってるかとかの情報をきちんと入手して合理的に動けばそういうことはないわけなので、国家が介入すべきほどの場面はそんなにないんじゃないかと思います。だいたいウナギ利権とか生まれるのでいけません。
.なので、「値段がつくものには市場メカニズムがうまいこと働く」のが真理ですので、リバタリアン的にはそういう、種として存続する権利みたいなものをあえて認めるのに消極的ではあるんですが、一方、生物多様性みたいなことを考えるとちょっと複雑になりますね。もしかしたら将来的に薬の開発に使えるかもしれない、という程度の潜在的な利益ではちゃんと値段がつくとも考えにくいですし。でもそういう種の場合、単独で乱獲されることはそんなにないわけで、たいていなんらかの環境破壊とかが伴っていてその結果として存続が脅かされることがほとんどでしょう。とすると、そっちの環境のほうをきちんと市場化して守ることで、結果的に生物多様性の保護にもつながる、というほうが筋がよさそうに思います。
.あと、害があるかどうかですが、害をもたらす生物は駆除したいのが人情なので、それでもあえて守りたいという人がいればその害にともなうコストを補償すべき、というところでしょう。

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