消極的自由と積極的自由の区別って「商売を邪魔されない自由」を「商売をする自由」と言ったり解釈(見方)を変えれば消極的自由は積極的自由と言える気がするんですけど(和文和訳などで動詞を変えれば否定文を同じ内容のまま肯定文に変えられるように)普通に権利概念を用いるのと「国家権力(法や暴力)からの自由」だけで十分なんじゃないですかね

.消極的自由というのはただ他者からの侵害がない状態で、その行為の内容については何も言ってないわけです。「商売をする自由」が単に他者からの侵害がない状態だけを指すのであれば言い替えてもかまいませんが、積極的自由といわれる場合、一定の内容があります。たとえば、商売をするのに一定の資金が必要で、それを国家とかに求める権利まで含まれているんだ、みたいに考えるならばその「商売をする自由」は消極的自由ではなく積極的自由です。
.これだけだと虫のいい話のように思えますけど、たとえば、大企業が牛耳ってる市場に新規参入するのは難しい以上、公正な競争条件を整えるため国家には起業を支援する責任があるとか、そういうのはわりとよくある主張でしょう。それは単に「邪魔されない」だけの自由から、何らかのあるべき状態「への」自由というふうに、実質的な内容が入ってきているわけです。なので、単に言い方を変えただけではないんですね。
.そして、積極的自由を批判する人たちは、そうした内容が一定の価値観の押し付けにつながったり、単に邪魔するなというのを超えて他者にいろいろ負担を求めるようになったり、より大きなものへの同一化(「商売をする自由とは国家経済の繁栄に尽くす一員となることである!」みたいな)への第一歩になったり、いろいろと危険であるからよろしくないというわけです。それにちょっと文句をつけるリベラルの場合、いや、消極的自由といってもただ邪魔されない形式的な自由では意味がなく、なんだかんだ一定の実質的な条件(その商売人の自律、創業資金、市場秩序、etc)が必要である以上、消極的自由は一定の積極的自由を前提としている、みたいに論じることになります。

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