セクハラって人権侵害なのですか?セクハラは勿論問題だと思いますが、人権って国家と個人の間で問題になるもので、例の事件のような事態とは無関係だとおもうのですが。

.それだけ「人権侵害」という言葉の道徳的アピールが強いということなのでしょう。「セクハラ」はもはや言葉が軽くなりすぎてしまったので「性差別」「性暴力」のようなよりきっぱりとした言葉で批判していくべきだということも主張されていますが、「人権侵害」として問題化するのもそうした目的であろうと思います。以下、2点に分けて考えてみます。

1) 「人権」は「国家に対する個人の権利」なのか?
.「人権」というのが個人の対国家関係における権利だというのはしばしば――憲法はそれを尊重するに国家に命令するものだという「立憲主義」の理解とセットで――主張されますし、そういった捉え方は十分に主流的なものになっています。それを私人間にむやみに拡大してしまうと、国家と個人のあいだの圧倒的な権力格差に敏感であろうとする「人権」のそもそもの問題意識が薄れてしまってかえって危険、みたいに主張されるわけです。
.それはそれで説得的だと思うのですが、一方、私人間のミクロな権力関係における暴力を適切に告発する言葉を私たちが持っているかというと、必ずしもそうでもないわけですね。だったら既に強い道徳的アピールを有する言葉である「人権」をいわば「流用」するのがそんなにいけないことなのか。そう問われると、さてどうだろう、というところもあります。もしかしたらそんなにいけなくないのかもしれない。
.あと「流用」と書きましたけれど、「人権」のそうした使い方がそこまでおかしいかというと別にそういうわけでもなく、あくまで(日本の)憲法学の主流的見解とは緊張関係にある、という程度なので、ただ単に言葉の使い方レベルで噛み付くのはあまりいいことでもありません。たとえば英語で、というかアメリカで "human rights" というときにはそこまで対国家関係が意識されるわけでもなく、私人間も含めた一般的な自然権やニーズのような意味合いのほうが多いです(ほか、国際法の議論でもそのほうが多いでしょう)。あちらだと、日本で「人権」ということで考えられる対国家的権利は "civil right"(公民権、市民権)のほうがしっくりくるように思います。

2) 今回の事件は「人権侵害」なのか?
.そういう言葉の使い方はとりあえずおくとして、「国家に対する個人の権利」という主流的見解を受け入れた場合に今回の事件がそれにあたるかどうかも考えてみましょう。今回の事件を、塩村議員と野次を飛ばした議員とのあいだの問題に限定して考えるならば、そこに国家-個人という関係があると考えるのはさすがに無理があります。少なくともそれに類似した権力関係があるかどうか、という点でも、両者とも相応の権力を有する議員である以上、何らかの制度的格差があるわけでもありません。なので、「人権侵害」という言葉が適切かどうかというと、現在の主流的理解からするとかなりおかしいし、「セクハラ」という、一定の権力関係を前提にした――少なくとも歴史的にはそうであった――言葉を用いるのが適切かどうかも微妙に思います。塩村議員個人を過度に「人権侵害」や「セクハラ」の「被害者」として扱うことは、塩村議員が一定の制度的な権力と手段を有するプロフェッショナルな立場にあり、またそれにともなう責任を有権者から課されているという事実をむしろ軽んじることにならないか危惧されます。
.もちろん、今回の問題を塩村議員と野次を飛ばした議員たちとの関係に限定するのは矮小化にほかならず、広く男女間の問題として考えるべきというところでしょう。ここでの関係は、野次を飛ばした議員たちによって象徴されている、男性優位の「自民党の体質」あるいはもっといえば日本社会全体と、それによって性差別/暴力を受けている女性のあいだの構造的な問題である、と捉えるならば、そこではたらいている権力関係をより適切な形で告発することができます。
.そして、それにあたってどういった言葉を用いるべきかというと、そうした構造的問題を「人権侵害」という言葉で有効に告発できるかどうか、という 1) の問題に戻ります。ここでの「加害者」「被害者」「権力関係」は従来の主流的な「人権」の語法から外れる、少なくとも相当に拡大されるものですが、そうした拡大は、国家と個人のあいだの権力関係を特に焦点化するものとしての「人権」の意味を希薄化する危険をともないます。しかし歴史的に積み重ねられてきたその道徳的アピールもまた有用なものである以上、長期的あるいは構造的問題として取り組む上での戦略的有効性という問題意識のもと、そのディレンマのなかの綱引きとして捉えられるべきところかと思います――などというと「理論」と「実践」の緊張関係に回収されてしまうようで既視感を覚えるところもないではないですが、それだけ古典的かつ執拗な問題であるともいえます。

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