リバタリアンは自己責任論をとると思うのですが、吉良先生はそうではないんですか? 愚行権は認めるが愚行の報いは自分で受けてね、というのがリバタリアンでしょ。

.そう思われがちなのはわかるんですが、あまり単純なこと言っても仕方ないんですよね。一応、現実と理念で分けて考える必要があるかと思います。現実というのは、現状、リバタリアン的諸条件が整っておらず、被治者の相応に重い負担のもとに日本は福祉国家的な政策をいろいろやっている。つまり、取るもの取ってる現状で、何かあったら自己責任、というのは筋が通らないでしょうと。また、今回の人質事件のように特に目立つものだけ狙い撃ち的に自己責任を追求するのは、社会保障その他もっと膨大な非リバタリアン的な出費がなされている現状では不公平なものともなります。なので、少なくとも現在の日本は非リバタリアン的な国家なんだから、それに応じた仕事をするべきだと思います。
.では、リバタリアン的諸条件が整った自由社会において自己責任論がリバタリアン的に正当化されるのかどうか。これは理念的な問題になりますが、おそらくはかなりの程度にそう、と答えることになりそうです。しかし、少なくとも穏健なリバタリアンは最低限の生活保障を認めますし、また国防は国家の仕事ですので、今回のようなケースでも一定の仕事が残る可能性はあると思います。

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