権利論には意志説と利益説があるそうですが、このような議論をする実益は何ですか?

.それぞれの権利をどう説明するか、もっといえばどういう論拠で闘うか、というところに効いてきますね。たとえば動物とか将来世代のように、これまで権利主体として認められてこなかった(そして自分で主張することができない)存在の権利を主張する場合には、そういう存在も正当な「利益」を持っているから、というのが最も手っ取り早いかと思います。もちろん、誰かが代理すれば主張はできるので、意志説がダメ、というわけではありません。意志説を発展させた選択説によって、権利たるもの選択肢の保障がなければ請求しようにも絵に描いた餅である、といった具合に実質的な主張につなげていくこともできます。このあたりはわりとケースバイケースで、もちろん両方使ってもいいんですが、とにかくどういう法的構成にすれば闘いやすいか、という選択肢を提供する「実益」はあるかと思います。
.もちろん、これは動物とか将来世代のような極端な例だけでなく、もっと日常的な例でもいろいろ考えることはできます。たとえば「ダンス規制」のような問題についてどういう闘い方をすれば勝ちやすいか、とか。表現の自由で闘うか、営業の自由で闘うか、といったふうに「どの権利で闘うか」という問題ももちろんありますが、そこからさらに「その権利のどういう根拠で闘うか」というところも重要です。もちろん、それぞれは排他的なものではなく、最適な組み合わせを作るのが腕の見せどころなんですが、そこにあたって権利の概念分析のような原理的な作業はその選択肢を提供できる、ということです。
.大学で講義する際にも、権利の実現を目指して闘うにあたっては具体的な戦略もコミで考える習慣をつけましょう、といったことをわりと強調しています。ふたたびダンス規制の例でいうと、こんなのに営業の自由を持ち出すのは憲法学的にはめちゃくちゃ筋の悪い話で、司法試験とかにも使いにくいでしょう。たぶん訴訟でも勝ちにくい。でもその一方、そういう構成によって利益を共有するステークホルダーを増やしていくのは、訴訟という場だけでなく、立法も含めた広い法実践では相応に有力でありうるわけです。これはあくまで一例ですけど、そんなふうな広い法実践のなかの選択肢を提供していくにあたって、法哲学上の議論はもしかしたら実定法上の議論を飛び越えた「実益」を現場にもたらせる場合もある、かもしれない、ぐらいに考えています。

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