エスカレータは公式には歩いて登るなってルールですが、片方を空けるルール(慣習)が確立してしまっています。どちらのルールも強制力が無い点で私的なルールですが、より正義に適うのはどちらなんでしょう。又、歩いて登るなというルールが法律だとしたら結論は変わりますか?…今日疲れてたのでエスカレータで立ち止まっていたら後ろのおっさんに何度も舌打ちされてイラッとしたので最後までどきませんでした。という出来事があったので質問してみまする。私の行いは正義に反するものだったでしょうか。

.私はリバタリアンなので私的なルール形成に任せられる部分はそうしたほうが正義にかなうだろう、というのが一般論としていえます。で、エスカレータの左右は一応それなりに合理的なルールが自然に形成された例として評価できそうですね。
.でももちろん、ルールは変わっていくものです。私は現在、左足がよくないので歩いて登るのは不可能ですし、どちらかといえば右側に立ったほうが楽です。これ、東京ルールからすると怒られそうなんですけど、でも「そういう人もいる」と周知していくことで、まああんまり歩いて登るのもいかがなものか、というふうにルールが変わっていくかもしれない。最初は勇気のいることですけど、そうやってはじめの一歩を踏み出す人(規範仕掛人 norm entrepreneur といったりします)の役割はすごく大きなものです。あなたの行いが正義にかなっているかどうかはわかりませんが、少なくとも「正義への企て」ではあったわけですw

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