これってどうなんでしょう。外在的批判?内在的批判?混乱してよく分からなくなってしまいました。 https://twitter.com/tera_sawa/status/721674193331355649

.「どちらもあり得るがどちらかと言えば外在的批判と言う」に投票しました。私の語感としては、何らかの主張を根拠付けるなり、仮説を検証するなりにあたって、論文中で示されているエビデンスや論理【のみ】でそれがうまくいっているかどうかを検討するのが内在的批判という感じ。たとえば「このデータの読みがなんか甘いように思えるんだけど、これだと別の結論が出てきちゃうんじゃないっすか?」みたいなのが典型的なもの。要するに【その人がやろうとしている試みに乗っかったうえで、そこでの材料のみで、それがうまくいっているかどうか検討すること】という感じ。
.それに対し、外在的批判というのは論文中で示されていない情報を示すことによって、もっと他に考えるべき重要なことがあったんじゃないかとか検討する感じ。一般に、法哲学みたいな分野では結論そのものはわりとどうでもよくって、論理展開に飛躍がないかどうかが命みたいなところがあります。なので内在的批判のほうが本人にとって有益なものとなることが多いといえます。また、相手の問題設定を理解したうえでそれを中から乗り越えることになるので、外から別の情報をぶつける外在的批判よりも高度なものとみなされているようにも思います。
.もっとも、他に考えるべき論点を示したり、関係しそうな情報を提供するのも重要なことなので、外在的批判だからダメ、ということは必ずしもないです。聞いてるほうとしてはそちらのほうが面白いこともけっこうあるーー一方、単なる自説開陳となる危険もけっこうある。また「ここで示されている主張を根拠付けるにはAの議論だけでは不十分で、ここで示されていないBの議論も必要である」みたいなタイプの批判は内在的とも外在的ともいえますので、両者を厳密に区別することはそれほど重要ではないと思います(なので「どちらかと言えば」にしました)。

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