『自分が破産しているという気分』 https://note.mu/hyuki/n/naf1b7666c516 を読みました。 結城さんがクリスチャンを選んだことについて質問があります。真宗の阿弥陀仏も変わらぬ愛、完全な愛で誰をも救済してくださるかただと思います。もし結城さんがイエスに出会う前に阿弥陀仏に出会っていたら、仏教徒になっていたでしょうか。教えが似ている二つの宗教から、どちらかを選ぶ決め手があったのなら、教えていただけると幸いです。
二点ポイントがあると思います。まず、その「もし先に阿弥陀仏に会っていたら」という「もし」はとても大きな「もし」なので、私にはなにも言えないです。仏教徒になっていたかもしれませんが、実際にはそうはならなかった。そここそがポイントなのです。実存に関する一回性、不可逆性こそがとても大きな意味を持っているということです。二つ目のポイントは、私も含め多くのクリスチャンは「自分がキリスト教を選んだ」とは思っていないこと。神さまが主体なので、私が信じるよりも先に神さまが私を愛してくださった。私はそのように思っています。ここはたぶんうまく伝わらないと思いますので補足しますが、自分が自分の人生を制御できる範囲は非常に小さい。宗教をずらり並べて自分にピッタリのを一つ選ぼうという考えは(悪いとまでは言わないけれど)たぶん大きな誤りだと思っています。
Liked by:
differential engine
細野英朋