自分なりに独自に辿り着いたアイデアが、既に言及されたもの、使い古されたものだった…等ということは全く普通のことですよね!?先行研究からそういうものを見つける度に我が意を得たりと思いますが、反面悔しくもあります!ここからもっと先に進むためのアドバイスを下さい! …因みに、全く個人的なことですが最近のそういう経験の一つは、ルソーの一般意思をロールズの無知のヴェールを用いて高次のルールの導出として説明することでした(ちくま新書の『社会契約論』)。無知のヴェールって多様な個人を一つの人格に組織する全体主義的装置だと思いますか?
.ロールズの無知のヴェールの議論に出てくる登場人物って、要するに特定の合理性とリスク選好を有した「1人だけ」でしょ?というのはかなり早くから指摘されています。ただ、その結果がルソー的な一般意志かというと、一般意志というのがそもそも何なのかわかりにくい概念であることを差し引いても無理がありそうですし、善に対する正の優位にも反するんじゃないかと思いますが、まあ、あんまりよくわかりません。
.自分なりに考えたアイデアがすでに誰かが考えたものだった、というのはもう日常茶飯事です。ふつうの人が思いつくことなんて、アリストテレスがすでに何百倍も深く考えています。なので、そういう可能性に謙虚でありつつ、ひたすら勉強あるのみっすね、というつまらない結論になってしまいます。50年ぐらい地道にやってれば、ひとつぐらいは何かオリジナルなこと思いつくかもしれません。
.自分なりに考えたアイデアがすでに誰かが考えたものだった、というのはもう日常茶飯事です。ふつうの人が思いつくことなんて、アリストテレスがすでに何百倍も深く考えています。なので、そういう可能性に謙虚でありつつ、ひたすら勉強あるのみっすね、というつまらない結論になってしまいます。50年ぐらい地道にやってれば、ひとつぐらいは何かオリジナルなこと思いつくかもしれません。