いわゆる「遊び」(麻雀とかゴルフとか)、というものを知らない弁護士ってどう思いますか?仕事が舞い込んできにくいとか。

楽しみはいろいろもっていることはよいと思いますが、弁護士稼業がうまくいくかどうかとはあまり関係がないように思います。麻雀の駆け引きや確率統計的な感覚、ゴルフのメンタル修練や身体と物理法則、それらの趣味の、勝負でもありつつ、仲間との交流の要素や同じ楽しみをもつ者との話題の合わせやすさなど、人として、その趣味をどう私生活や仕事生活での充実に活かせるかという面でやっててよかった的に思える場面はあるかもしれませんが、ゴルフやマージャンも昭和時代ほどは皆が皆やってるものでもありませんし、やはり一般論でやってる方が弁護士稼業がうまくいく、やってない方がうまくいかない、などと言えるようなものではないと思います。さらにいうとどれだけ遊びを知っていてもダメな人はどんな仕事をやってもダメでしょうし、できる人は遊びを知っている知っていないに関わらず、仕事はできて、弁護士稼業もうまくいくでしょう。また弁護士稼業も独立して仕事を引っ張ってくる必要のある人間と、そうではない人間とでも求められる要素は一致しないと思いますし、イメージとして独立するようなら、ゴルフやらマージャンやらで人付き合いができた方がよいような気もしますが、ネット集客も可能な現代ではやはり関係ない気がします。ゴルフとマージャンができたって、どんな遊びであっても、一緒にプレイしたり一緒にやってみたりする中で、一緒にいてつまらないやつだと思われたら、いくら遊びを知っていても多分仕事には繋がらないでしょうし。なんらかの交流の場面で、いい感じの人だ、弁護士としてもなんとなく良さそう(人柄なども含む)と思われれば、どんな場面であれ仕事に繋がるチャンスはなくはないですし(頻繁にあるということはないという感覚です、私見ですが)。とにかくご質問の内容は、一般論としてどうだろうか、と考えるお題目としては、関係ないと思います。そんなことよりも、私がいつも考えているのは、弁護士や裁判官や検察官に、たとえば医師(に限らず、極論すべての他人の人生、仕事)の過失の有無を論じる資格があるのだろうか、もし自動車やバイクを運転しない人、場合によっては免許すらもたない弁護士や裁判官や検察官に交通事故の過失の有無を論じる資格などあるのだろうか、というような問題ですね。司法が及ぶ範囲は例外があるにせよほぼ世の中の事象の全域にかかりますので、果たして自分がその問題を扱う資格、能力、理解力、共感力、分析力があるこだろうかということのほうです。どんな分野でも常に今でも日々頭をよぎる問題です。わかりやすい話なら夫婦や男女の関係のもつれについてすら、日々仕事上かかわりあいをもたせていただいておりますが、本当に自分が人様の夫婦の問題に、男女の問題にクビを突っ込む資格があるのだろうかと自問自答がとまりません。この種の自問自答はおそらく一生続くことと思っていますが。たまに(たま〜に)自分はすべてを理解している、すべてを見透かしているがごとき自信にあふれた(要は偉そう)言動をする弁護士さんや裁判官がおられますが、そういうタイプと対峙するたびに本当不思議な気持ちになるものです。なぜそんなに人様のことについて完全に知ったような口がきけるのだろうかと。それと同じで、俺は私はこの遊びを知っている、だから遊びを知らない人よりも人間として豊かである、仕事も舞い込みやすいなどという自覚をもつようになったら
、言葉はあれですが、私からするとやや要注意人物になりますねむしろ。すみません後半部分は余談です。

修習生は基本的スーツですか?例えばチノパンにジャケットはNGですか?

私の修習生時代はもう13年も前ですので、今はどうかわかりませんが、当時の男性修習生の大多数は普通にスーツを着ていました。スーツからどこまでくずせるか。全裸や全身タイツはダメとして、その中間のバリエーションは無限にあります。チノパンにジャケットは、どうでしょうか。悪目立ちしなければセーフな気もします(注:私がセーフといったからといって、何の保障にもなりません)。スマートに着こなしていれば、誰も何も言わないような気がするですが、うーん、あなた様のオシャレ度が試されますね。同じ服装でも、人によっては自然でフォーマルにみえるのに、人によってはふざけているように見えてしまうということもありますし、なかなかに難しい。でもどうせなら、どんな教官よりも、どんな社会人経験者よりも、高級なスーツに高級な革靴に高級なカフスボタンに高級なシャツに高級なネクタイにてかてかのポケットチーフなんぞまで身につけて、顔もややオイリーテカテカさせて、お前は一体どこの成功者だというぐらいの、逆にスーツを極める方向で武装してみていただきたいですね。どうみても修習生にみえずに、別の意味で浮いているという。でも誰も注意はできないという。で、妙に自信ありげにみえるという。

活字を読むのが遅い人は、弁護士に向いていませんか?

私は活字を読むのが、早いわけではありません。もっと早く読めればと毎日思います。あと、弱視であっても全盲であっても立派に弁護士として活躍されている方がおられます。

独立のタイミングについて質問した者です。詳細にご回答頂き誠にありがとうござきました。どの要素についても共感できました。 一つお聞きしたいのですが、やはりイソ弁だと好きなように仕事をするのは難しいですか?もちろんある程度の拘束はあって然るべきと思っていますが、どの程度の自由度があるのか興味があります。

どの程度の自由度があるのかどうかは、事務所(ボス)差がかなりあると思います。「好きなように仕事をする」という意味もいろいろで、時間的拘束がどの程度あるのか、外出やスケジュール管理の自由度があるのか、個人事件の受任の可否、個人事件の収入の扱い、経費の分担などあらゆる要素が関係します。あなたの興味がどこにあるものか。イソ弁といえども、個人事件(イソ弁独自の仕事、事務所は関係ないという意味)の受任が認められていなければ、実態は会社員と同じだと思います。そこに自由度を期待するのはお門違いといいますか。給料が支給されて、個人事件の受任が自由で、スケジュール管理もうるさくいわれないような事務所が希望であれば、時代の流れだと思いますが、そのような事務所はかなりの少数派になっているのではないでしょうか。スミマセン、えらそうに語るほど私のまわりにサンプルはありません。給料の支給がなくて、自由度が高いとなればそれはいわゆるノキ弁ということになりましょうが、そこはお望みではないのですよね。やはり給料が発生するということは、ある程度の拘束が生じてくるというのは不可避というか、当然ということなのだと思います。自由を求めるにも限度がある。給料が発生して、かつ、個人事件の受任も自由という事務所が珍しくなかった時代もあったのでしょうが、今の時代は、もはや「イソ弁」という言葉も死語になりつつあるのではないかなという気がします。「イソ弁」という言葉があるから、なにか会社員とは違う何かがありそうな気がしてしまいますが、個人事件の受任の自由、時間管理の自由が基本的に認められないのであれば、それは「時間外手当の発生しない会社員」と同じだと思います。時間外手当がないものの、「労働者」と実態が同じなので、今、雇う側の弁護士に対し、そこに自由はありますか?という問いかけても、を何を言っているのだこいつは、といった印象をもたれる可能性すらあるのではないか。自由を重視しすぎると、就職活動をかなり困難にするような気がしております。いつか独立したいのであれば、独立することを胸に秘めつつ(もちろん公言してもよいですが)、それでも一定期間は自分が耐えられそうな自由度が少しでもありそうな事務所(就職させてもらえる事務所)を探してみて、しばらくはそこでがんばってみるしかないと思いますし、逆に給料がもらえて、かつ、自由度が高すぎる事務所ですと、あまりの居心地の良さに独立する気持ちがなくなるかもしれません。なんでもかんでも好きにやりたい、という気持ちが強いことは、私個人的にはよいことだと思いますが、やはりそこに給料が発生するとなれば、さらに昔ほど弁護士という職業が財務的基盤が強くないとなれば、独立志向が強くて我の強い人間はとりあえずいらないと言われるリスクがあります。能ある鷹は爪を隠すのか、能がないからそもそも爪がないのか、私も自分で自分にツッコミをいれながら日々すごしておりますが、あまり爪はみせないで、即独する覚悟がないのであれば、ある程度の拘束は甘受する、むしろ喜んで受け容れるぐらいの気持ちも(少しは)もっていないと、苦しくてやってられなくなってしまうと思います。自分の理想を叶える事務所は自分でつくるしかありません。そこを他者に求めることがそもそもの矛盾なのですね。きっとどこにいっても不満はでるのだから、実際に働いて見る前からああでもない、こうでもない、と理想の職場を探すことは、あまり意味がないと(個人的には)思っています。楽園にいっても退屈地獄を感じる人もいますし、地獄のなかに希望の光や成長の種を見つける人もいます。どこに何が落ちてるか分かりません。大切なのは、どんな環境にはいっても、そこから自分を成長させる能力です。それがあなたにありさえすればいいのです。私はそう思います。

法律事務所の求人見てても給与がはっきり書かれていないところが多いですが、一般民事中心のところだと平均年収いくらぐらいもらえるものなのでしょうか。規模にもよるかとは思いますが。

私は回答するに足りる情報をもっておりません。ごめんなさい。

独立するタイミングについてどのように考えていらっしゃいますか。いつどのような環境が整ったら独立してもよいか等です。 ご自身のご経験でも、一般論でも何でも構いません。もちろん人それぞれ、ということになるのでしょうが、何かあれば教えていただきたいです。よろしくお願いいたします。

私は次のような気持ちが抑えきれなくなったので、独立しました。
(1)人から給料をもらうのではなく、直接お客さんから報酬をもらいたい。
(2)人から指示されるのではなく、自分で作戦を考えたい。
(3)好きなときに、好きな仕事を、好きな場所でしていたい。
(4)成功も失敗も、全部自分に降りかかってきて欲しい。
(5)収入も人間関係も予測できないほうがうれしい。
(6)給料がない不安定さをむしろ味わってみたい。
(7)独立した、と言いたい。
(8)自分で考えた事務所名をつかいたい。
(9)雑用も含めて、一度、全部自分でやってみたい。
(10)とにかく独立してみたい。
いつか独立したいとは、この仕事につく前から漠然と思い続けていました。
しかし、独立するタイミングや条件を事前に想定して、必要な準備をして、手順を踏んで独立する、というような芸当は、私の性格上、無理でした。
今は独立して4年目ですが、この間、日々の現実が独立前と比較にならないほどの現実感をもつようになりました(独立前はもしかすると生きていなかったのかもしれない。)。
独立の価値はきっと損得とは別のところにあるのでしょう。

弁護士で、土日は一切出所せず、仕事をするなら自宅で起案やメール処理等に留めておくという方はどの程度いますか?肌感覚で構わないのですが。

すみません。肌感覚でも回答するほどサンプルを知らないものですから。ただ、今はパソコンまわり、通信環境の進歩のおかげで、依頼者との約束や出廷する予定がないのなら、自宅でも仕事は十分できる時代です。雇われている身では難しくても、とくに独立してしまうと。

30歳で弁護士になるってどう思いますか?そもそも年齢はあまり気にならない、20代も30歳も変わらない、やっぱり新人なら20代じゃないと据わりが悪い等いろいろご意見あるかと思いますが教えて頂ければ幸いです。 また、法律事務所への就活においては、30歳というのは不利でしょうか。 お時間のあるときにご回答頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします。

私は私の立場からでしか回答できないのですが、その点、ご理解いただいたという前提で、以下、回答いたします。
30歳で弁護士になることについて、別にいいではありませんか。職歴や学歴を気にしているのですか?気にしても仕方のないことを気にするのはもったいないですよ。私は気にしませんし、気にする人や事務所に無理に合わせる必要もないでしょう。謙虚さと自信のバランスをとるのがいつになっても難しいものですが、自分の力を発揮できる環境づくりは、自分でするものという覚悟があればなんとかなると思います。というか、私はそんな気持ちで日々やってます。
年齢を気にしたり、職歴を気にしたり、人の目や就職活動は厳しいものですが、気にしても全くいいことないですよ。だめなものはだめ、自分は自分なりにやっていくしかない、どんな人生を送るにしても、その感覚がないと、よけいな悩みで苦しみが増えてしまいますよ。自分はどうでもいい尺度で人を図る愚だけは避けようとは思います。あなたも人をそのような目で見ていることからして改めないと、自分で自分を貶める感情がいつまでたってもでてきますよ。
雇い主が純粋で未来のある二十代を雇いたいという傾向はあるかもしれませんが、それがなんだというのでしょうか。世の中とはそんなものということと、あなたがどう突破していくかというのは別次元の話です。一般論に潰されて、思考停止しないほうがよいですよ。なにかのハンデがあるとして、それを克服していくさまに、人は感動するのです。自分の生き様に自分で感動できますように!

刑法・特別刑法の各犯罪のうち、「この罪の法定刑は軽い、より厳罰化すべきだ」と先生が思うものはなんですか?

法定刑の軽重というよりも、「罪を償う」とはどういうことなのかについて、皆が考えを深めていくことが大切だと考えております。真正面からの回答ではなくて、すみません。
刑務所に行くですとか、死刑になるとかは、あくまで行政上の手続きにすぎないという面があり、被害の回復とは全く関係がありません。被害の回復なくして、被害者の心は晴れるのだろうか。被害の弁償なくして、犯人の更生はあるのだろうか。服役期間が終わったからといって、加害者にどんな変化があったのか、被害者にどんな変化があったのか。そのことのほうが問題ではないかと思っています。
人を殺したら被害者はもう戻りません。これを償うことはできるのか。死刑にすれば償ったことになるのか。
何億円もの財産犯で懲役何年になろうとも、一円も返さないままという人がいる。長期間服役すればそれはもう罪を償ったことになってしまうのか。
また、殺人のような故意犯と交通事故のような過失犯では、加害者の非難可能性は大きくかわるはずなのに、実際には、交通事故加害者のような過失犯も、同じ人殺しという扱い(社会からの冷たい目)を受けていることだってあります。被害者からすれば、殺人者と変わらないかもしれませんが、これは理不尽ではないのか。
ほかにも、どんな犯罪であれ、いつまでの犯罪者というレッテルから逃れられず、社会のほうが、一度犯罪を冒してしまった人の再出発を許さないということもあります。社会が許さなければ、罪の償いは一生続くこととなり、それを自業自得で片付けることの違和感は拭えないように思いますが、どうなのか。
さらには厳罰化というよりも、どの犯罪も法定刑のなかでどの程度の量刑にするかは裁判所の裁量に委ねられておりますが、その裁量(法定刑の幅)が広すぎるということのほうがまずは解決されるべきことではないかと思います。犯罪のバリエーションもかなりでており、明治時代の古い刑法で裁き続けるよりも、もっと犯罪の種類を細かく分類して、犯罪の種類、性質ごとにもっと狭い範囲の法定刑を定めて、犯罪ごとの量刑の予測が立ちやすい(裁判官の量刑判断の幅が狭い)ように刑法が改正されることのほうが大切ではないかと思っております。
犯罪の種類をもっと細かく分類したほうが、この犯罪であれば、この法定刑でいいでしょう、この犯罪であればこの法定刑はおかしい(軽すぎる、重すぎる、幅が広すぎる)等々の判断が、国民目線からも判断しやすいからです。今の刑法では、軽くもできるし重くも出来るような法定刑(幅が広い)となっており、国民目線からみて、この法定刑は軽すぎる、重すぎると判断しづらいと考えております。
少なくとも財産犯であれば、被害額に応じて細かく法定刑を分けることはできるはず(10億円以上の横領は無期懲役、8億円以上10億円未満は、懲役20年以下・・・・等々。)。
縷縷申し上げました。すみません。結局真正面からの回答にはなっていないのですが、まずは裁判所の判断の裁量を狭めること、そのためには法定刑をもっと細かく定めた、今以上の犯罪のバリエーションを細かく規定した新しい刑法(改正でもいいので)が必要です。法定刑が軽すぎる、重すぎるとの判断を国民がするためには、まずは、法定刑の幅をしていかないと難しいのではないかと思います。
また、厳罰化といっても、例えば、法定刑に死刑があるのに死刑を選択しないのはおかしいという議論なのであれば、それは法定刑の問題ではなくて、死刑を選択しない刑事裁判の運用(裁判所の量刑相場)がおかしいという議論です。これは根深い問題ですが、究極的には、上に述べたように、刑法上の犯罪のカタログをもっと詳細に分類・規定して、法定刑も犯罪の種別ごとに細かく規定することで、解決していくべきことなのではないかと考えております。

去年の年末、歌舞伎町でぼったくりにあいました。カードで30万円ほど切らされましたが、翌日にカード会社に電話して引き落としを停止してもらいました。その後、相手の店に書面を送りましたが、応答がありません。最近になりカード会社から連絡があり、これ以上相手方と連絡をとれなければ請求を再開する、と言われました。どうやら請求に応じ無いとカード事故になるようです。一旦引き落としがなされるのを受けて、その後に店に返還を求めるしかないのでしょうか?

災難でした。深く深く同情いたします。被害状況について、私のぼったくり相談室のサイトの問い合わせフォームにある質問に全部お答えいただけますか。そのうえで、個別に回答させていただきます。カード会社との折衝については現在研究中ですが、ご相談者が個別にがんばっていただいているなかで、思いもしない経過で支払がゼロで済んだり、勝訴的な和解で終えたりという事案もチラホラでています。言いなりにならず、理詰めで、しつこく、まだまだ序盤ぐらいのつもりで交渉を延々続けるということだってあり得ます。理詰めで戦うのです。電話などの口頭だけでなく、書面で伝え、書面で回答させたりといったことも大切です。感情論だけはだめです。とにかく私のサイト経由で被害に関する経過をお知らせ頂ければと。加えてカード会社(あなた、加盟店)、加盟店に関する情報についてもわかっている限りすべてをお知らせください。よろしくお願いします。

日本の法曹資格以外にどんな免許や資格をお持ちですか?

自動車免許と中型バイクの免許、宅建資格と保育士資格です。

最も役に立たない発明は?

ウソ発見機。

人はみな、ウソ発見人間(猜疑心の塊)ですので、ウソ発見機なんかいらないし(ウソ発見機よりも優秀)、調査会社をつかった証拠(浮気密会写真とか)でもなければ裁判の証拠にもならいないし、今ウソついたっ!って結論だけ指摘したところでな~んにも意味はない。

人のウソになど興味はなく、人がウソをついていようがわざわざそれを発見しようとなんかしません、というような人たちも一定数おられまして、人間的にはこちらのほうが好ましいし、世の中の平和につながります。

本当に大事なことに関わるウソならば、放っておいてもいつかは必ずバレるのです。バレないうちは、それもまた平和です。放っておけばいいのです。

と、これぐらい突き放して考えないと、執着心や嫉妬心は自分の心を占め尽くして最後には自らを破壊させてしまいますので、厄介なのです。

みえない真実は真実ではなく、みえないウソもウソではないということですね。
波風のないところに、波風をたててまで、ウソを本気で発見しにいくかどうか。
現状を打破して、後戻りができなくなりますので、感情の赴くままに真実をつきつけるのは、やめたほうがよくて、つきつけるのは、本当に腹をくくってからにしましょう。

というわけで、ウソ発見機は大げさなわりに、どんな場面でも役に立たない。

みんながよく言うウソってどんなウソ?

自分は浮気をしたことがない。

ぼったくりに関する情報興味深く拝見させていただいています。まだぼったくり被害の経験はないのですが、歌舞伎町で遊ぶことも多く大変参考になります。 東京新聞の記事で2015年6月以降ぼったくりに関してこれまで民事不介入と言っていた警察官が方針転換し被害者保護(※)をしたとの記事がありましたが実際に方針転換したという情報等はございますでしょうか。もしくは過去にも同様の事はあったものの一時的なものであったなどの情報等はお持ちでしょうか ※真の意味の保護ではないかもしれませんが、今までと比較してという意味です。 よろしくお願いいたします。

【歌舞伎町ぼったくり|回答】警視庁の方針転換は事実です。6月(とくに当初)は被害客が交番に行きさえすれば、店員から引き離して帰宅させてれるようになりました。警視庁からの応援部隊も毎日歌舞伎町にきています。なので6月以降、ぼったくり被害は激減しております。店員による高圧的な要求、それにびくびくしながらも応戦する客、それでも警察が助けてくれず、最後には店員に屈して払うという昨年7月~今年5月までの放置対応、巡回していても結局は放置という対応が異常だったわけですが。よいことですね。
ただし、警視庁からの応援部隊をずっと歌舞伎町に派遣させるような処理は一時的なものですので、警察の対応がまた緩んだときには、一時的に鳴りを潜めた6月、7月のような状況が、また元に戻ってしまうことのないように、警察も街の皆さんも私もそのほかの皆さんも興味をもって監視、見守って、また増加の徴候があれば素早く柔軟に対応するということが大切ですね。
一時的に私宛の電話もほぼゼロになりましたが、すでに最近またチラホラ被害報告を受けるようになっており、かなしいことですが警察が助けてくれなかったというこれまでと同様の報告も再びあがってきておりますので、本当に奥が深いといいますか、きりがないといいますか。
一時的に激減しても気づいたら被害件数もまたもとに戻っていたのでは意味がありませんので、費用対効果を考えながら、警察なり街なりがどこまでの予算(人的資源)をつかって、どこまでの対策をとるべきなのか、という具体的な議論をする必要がありますね。
あとは多くの人にとって、所詮ぼったくり被害という偏見があるということも無視できない事実なのかとも思っております。我々の多くがそんな考えであれば、我々が頼る警察官のなかにも、どこの組織にも、そんな考えを持つ人がいるということになります。これまでの警察の対応、カード会社の対応を見る限り、そのような見方があるとしか思えないものです。そんな偏見もあるなかで、どこまで被害客が、ひとりでも多く、店側と戦い、警察やカード会社と粘り強い交渉ができるものか、そんな被害者のがんばり(被害者にがんばりを要求するのは酷な話であると自覚したうえでのお話です)も世の中を変えていきます。が、喉元過ぎればなんとやらで、費用対効果を考えた結果、泣き寝入りしてしまう人が大多数というのがまた根深いです。
そんななか私に被害報告をあげてくださる皆さんからの情報だけは、集積・公開していきますので、引き続き関心をもっていただければ幸いでございます。

朝日新聞によると、「銀座のクラブママが夫に「枕営業」 妻の賠償請求を棄却」という記事に、 妻の代理人の青島克行弁護士によると、裁判で妻側は「不倫だ」と訴え、女性側は性交渉の事実を否定した。「双方とも主張していない枕営業の論点を裁判官が一方的に持ち出して判決を書いた。訴訟も当事者の意見を聞かず、わずか2回で打ち切られた。依頼者の意向で控訴しなかったが、不当な判決だ」と述べた。 とありますが生成はこの弁子さんですか。ご本人でしたらお聞きしますが、判決文をあげて評釈記事などを書かれましたか。あるいは記事を目にされたことはありますか。

私がその青島です。評釈記事はとくに書いていません。おいおい私なりの見解はお伝えするつもりです。記事はこれまでは目にしておりませんが、今月号の判例タイムズに掲載されております。なので本日報道されたのだと思います。

つい先日、歌舞伎町においてクラブウルフの従業員が捕まりましたが、そこの経営者は、かなり前に捕まって不起訴処分で出てきたクラブレオの経営者、江川慎太郎のお店でもあります。 クラブレオの過去の実質経営者は、今ルミネでぼったくりの修業を井尾誠とやっていて、来月とんちんのビルでぼったくりをやると噂されています。その実質経営者から、クラブレオを売買されて江川慎太郎が買い取っています。 ウルフ、レジーナテオドーラは江川慎太郎のお店とされています。 このように、名義貸しも噂されほぼ事実でありながら、その上ぼったくりもやっていて、不起訴処分で出てくる対処をする始末をする警察に不満を感じます。 街に遊びにくる

驚異的に検挙率にもかかわらず、せっかく逮捕しても被疑事実は実際の犯行のうちのほんの一件のみ(仮に逮捕された人間が100件以上のぼったくりに関与していても被疑事実とされるのはそのうちの1件)ということで、処分としても超軽い方向に処理されて、起訴すらされない(=前科がつかない)、起訴相当事案であっても、被害者との和解が勧められ、その結論がでるまでは処分保留、被害者が和解金の受領を決断すれば起訴猶予で決着、とまあこんなところです。とにかく実際の犯行の件数あたりの立件数が少なすぎるというのが最大の問題です。自分の犯行が軒並み検挙されるという実態になれば、同じ人間が何度も、繰り返すことはできなくなっていくはずなのですが、いかんせんほとんど検挙されないのですから、名義どうこう以前の問題だと考えております。
また名義貸しの問題については、お金の動きを追跡しなければならないので、やはりこれも刑事事件としての捜査権の発動がないと解明は難しいとみています。さらには、背後で誰かが糸を引いているというような話は、今の捜査機関の捜査能力では立件はほぼ100%無理だとみています。
以上、私見です。
そのうえで、戦う被害者がたくさんでてくる、裁判のなかで相手の素性なども明らかにされていく、それらの資料を捜査機関に提出して、あらゆる余罪の追及を訴えていく。気の遠くなるような手間暇がかかりますが、身も蓋もないはなし、被害者の全員が全員戦っていけばそのようなことも遠からずできるでしょうし、そこがそう簡単にはそうはならないというのが歯がゆいところであります(被害者も暇ではない、怖い思いをしたくない、弁護士を使えば費用がかかる、弁護士をつかわないでこんなことをやってられない、等々の問題がある。)。
質問者様も、いい智慧があれば、ぜひお知らせ下さい。私としてはできることを少しずつでもとにかく続けますので。

最近TVの放送で歌舞伎町のぼったくりの防止のために警察がビラを配ってるという放送を見て、 うちの母が、 「オレオレ詐欺とちがって、ぼったくり店がわかるはずなのに、どうして検挙しにいかないの」 民事不介入といえ、このような疑問は当たり前にでるはずです。 TVもそこを説明して、警察の立件が難しいと説明すべきだと思います。 マスコミも警察よりの考えになっているのでしょうか?先生はどう考えますか? 警察も件数が増えてるからだとおもいますが、ぼったくりに対して、動いているような気がします。

5月22日(金)に警察官が歌舞伎町で注意喚起ビラ配布をしているニュースが報道がありましたね。注意喚起することやそれをマスメディアが報道することはとてもよいことだと思います。

お母様の疑問もごもっともですね。ただ私は警察の立件が難しいという説明は正しくないと思っています。
立件しやすいケースもしにくいケースも十把一絡げに「民事不介入」という嘘で、交番に助けを求めに来た被害者を見殺しにし続けてきた交番の対応、後日被害届を提出したいと申し出た被害者に同じくこれは「刑事」にならないねと嘘(後日立件されるケースであってもそのような対応をしていることが確認できています。)をついて、被害申告を受け付けないという警察署の対応。こららの警察全体の対応が一番罪深いと理解しております。

マスメディアも新宿区も商店街も、警察の発表を垂れ流すだけ、なにかいわれても反論すらできない、とにかく警察を動かしていくための論理力と法的思考力が決定的に足りません。なので、注意喚起活動をやります、じゃあ報道します、というこんなしょーもない(失礼!)、事情を知っている人間からするとほぼ無意味なビラ配り活動を、警察の望む通りにテレビカメラがはりついて、ニュース一丁上がりといった報道ということになってしまうのです。

今回のビラ配り活動だって、私は、本気で被害撲滅をいうのであれば、1月から4月に相談があった店舗(十数店は被害続出の悪質店として特定できているのですから)のまさに店の前で、客引きつれられてきたお客さんにそのビラを配布してあげればいいですし、飛んで火にいるなんとやらの客引きの方を検挙してあげればいいですし、もっというと別の日に現認、写真撮影で証拠をおさえたうえで(というか、被害者からの被害申告自体が十分証拠となるはずなのですが)、店側の検挙を月に何件かでもやればいいのです。

この先ある程度の期間は、店への立ち入りなどをやるのかもしれませんが、一応やりました→一応やったという報道、ということを繰り返すだけでは、被害件数はまるで変わることはないでしょう。

検挙と被害者救済は別物です。まずは交番に助けに来た被害者を店員から引き離して帰宅させること(双方に連絡先交換をさせたうえで。納得出来ないほうが裁判をすればよい。それが法治国家にある警察ができる、極めて真っ当かつ公平な処理といえるはずだから)を徹底することです。これだけで被害のかなりの部分が防げます。

あとは店側も客側もこの種のトラブルは堂々といいたいことを主張して、納得できなければ裁判も仕方ないという文化になればいいと思っています。裁判自体は別にこわいものでもなんでもないのです。言い分が衝突したときに、どちらに軍配をあげてもらえるか、その判断をする機関が裁判所なのですから、そこで決着をつけるのは本当に真っ当で当然の処理なんだと。そこまでの認識が国民全体にないので、当日の解決を焦って、あとは底知れぬ恐怖も手伝って、結局、納得出来ない金額を支払わされておわりという屈辱です。

ほんとうに被害客はかわいそうです。3,000円~7,000円という料金で大丈夫と店につれていかれての何十円もの請求をうけるのです。堂々と裁判で決着しましょうという主張こそが一番正しい。この認識を被害者も警察官も皆が共有できることが一番重要です。

報道するにしてもそこの報道が必要です。警察はこんなこといいました。それをまんま報道します。それだけでは意味が無いのです。私達ひとりひとりが賢くなること、知識をもつこと、これがほんとうに重要です。

先生私は、両親に大学を出させてもらっているのに、未だ正規雇用につけず、結婚もできず・・・ それならまだしも、酒に酔ってたりして器物損壊や住居侵入などでマエさえあります 職場には知られていません「大人しく、実直な人」で通っていますが、それも他人を偽ってる事になり 自己嫌悪があります。かといって全てを明かしたら、雇う処は無いと思います。 こんな自分はもう生きている価値さえ・・・とすら思います先生はどうお考えでしょうか?

あなたはとても正直な人です。正直に生きたいという思いが強い人だと思います。ほんの少しの嘘でも、許せない。嘘をついているわけではなくても、真実を秘密にしていることだけでも、嘘をついているような苦しさを感じてしまっているのではないでしょうか。
自分の悪いところ、汚いところ、全部を晒してしまいたい、それを含めて受け入れてくれる人を狂おしいまでに欲しているのだと思います。
でもですね。もっと楽に考えたほうがいいですよ。
両親に大学を出させてもらって、正規雇用につけず、結婚もできず。。だからなんだというのでしょうか。
正規雇用についていれば安泰というわけでもないでしょう。結婚していれば人格が優れているわけでもないでしょう。
酒によって器物損壊や住居侵入の前科?前歴?があるからといってだからなんだというのでしょうか。今後もやるかもしれないことが心配なのですか。もうするつもりがないなら、それでいいではないですか。
あなたが思っている以上に、人は嘘をついて生きています。積極的に嘘はつかなくても、隠し事をもっている人なんてそれこそ腐るほどいます。隠しておきたいことのひとつやふたつぐらい誰だってあります。私は千個ぐらいありますね。ないという人がいるとすれば、その人は自分に後ろめたさをもったことがない、とても鈍感な人なのでしょう。
何がいいたいのかといえば、あなたも私も他の誰もが似たようなものだということです。
自分の現状を憂うことはやめたほうがいいですよ。正規雇用につけていない人。結婚もできない人。前科前歴のある人。だからなんだというのですか。あなたは、そのような人達のことをみて、ああこの人は正規雇用にもつけない、結婚もできない、前科前歴もある人なんだなということで見下してしまうということになるのですか。
そんなことはないでしょう。そうだとすれば、自分のことだって、嫌悪するのはやめてくださいね。誰も嫌悪していないところを自分が自分で嫌悪してしまうことは無駄です。私も自己嫌悪しがちな性格ですが、もうそういう考え方はやめにしました。私がそんな考え方をしていたら両親が悲しむと思ったからです。
あなたは両親のことを大切に思う優しい方です。両親のためにも、自己嫌悪はやめましょう。
あとはですね、私もまだまだ未熟なところもありますが、すべてをオープンにした自分のことなど、みんながみんな受け入れてくれるわけがないとも思っております。ただその反面、受け入れてくれる人も必ずいるものです。必ずいるものなんですよ。その程度のことなのです。
すべてを明かしたら・・・という仮定など無駄ですよ。受け入れてくれる人はいますし、だめな人もいると。処世術としてはだめな人に対してはわざわざオープンにして望む必要もないということです。
生きている価値があるかどうかなんて考えないでくださいね。私は自分に生きている価値があるかどうかなんていちいち考えません。暗くなってそんなことを考えていくと、自虐的になって、俺なんか生きてる価値はないんだ。。ということになりがちですのでね。あなたには生きている価値があります。あるに決まっているでしょう。
私はそう思っております。あなたもそう思ってください。今からでもいいですので。
5月もあと一週間。気持ちいい季節を気持ちいいと感じられるとよいのですが。自分のことを考えるのはやめましょう。あなたと同じ苦しみを抱えている人は必ずいますので、どうかそんな人の心の苦しさをいつか共有してあげる事ができればそれも素晴らしいと思います。
やることがたくさんありますね。お互い適当にがんばりましょう。

2日前池袋西口でキャッチに捕まり70分飲み放題3500円ということで5人で入店しました。 最初は楽しくやっていましたがキャバ嬢がやたらとテキーラを次から次にと勝手に頼む。 これはこの店ヤバイと感じお会計をお願いした。それでもキャバ嬢は最後といいテキーラをさらに頼む。そしてお会計が届いたら84万という桁外れの金額を要求してきました。 警察を呼んで交番に行ったが、警察はどうすることもできないといった感じ… 終電の時間も迫り、もう帰りたい… と思い、社会勉強だ!と自分を納得させて、しぶしぶ全員で現金84万払いました! でもやはり納得はいかず!払ってしまった84万を取り戻す事はできないのでしょうか?

本当に災難でした。深く同情するものです。

現実問題として現金で払った分を取り戻すのは困難です。大変です。
じゃああきらめます、というのであればそれで終わりです。
私は、それでも被害者のみなさま、あなた様にはぜひ立ち上がって、できることすべて(対店に対する要求、警察署への被害届、告訴状の堤出)をしていただければと切に願うものです。
私のぼったくりサイトの問合せページにある質問にすべて具体的詳細に回答していただければ自然とあなたの場合の被害報告文書が完成します。
ぜひそれを問合せフォーム経由でお送りください。
私なりの見解、助言をさせていただきます。

細かい話は端折りますが、昨年来流行っているぼったくりの手法は完全に詐欺だと私は考えております。警察の実務、運用は全くそうなっていませんが、私はあなたが被害にあわれたやり口も歌舞伎町で大流行の手法もすべて詐欺で立件していくべきと考えております。
世の中の常識がそうなって、警察も当然のようにそのように動いてもらえる世の中にしたい。
被害者があきらめたら終わりです。
ぜひ、被害報告を問い合わせフォームからお送り頂ければと。
よろしくお願いします。

昨日歌舞伎町のRLGというキャバクラでぼったくりに会いました。キャッチに捕まり40分4000円で良いと言われ案内されて入店。1セットのなかで嬢は3人来てそれぞれに一杯ずつ飲ませた。自分はお酒は飲まず烏龍茶3杯だけ。時間になりボーイが声をかけに来た。承諾してお会計へ、請求されたのは15万円。当然現金の持ち合わせもなく、カードも持っておらず講座にも貯金がなくとりあえずあるだけの金を出せと言われ3万円支払う。この後コンビニで免許証と保険証のコピーをとられ後日残りの12万を支払えと言われて解放された。この場合残りの12万を払いに行くべきでしょうか?

本当に災難でした。深く深く同情するものです。私だったら払いに行きません。これは詐欺です。店が客引きのことは知らん、客引きの言ったことは店とは関係ない等々、客引き経由で集客しておきながらとんでもない無責任かつ大嘘を言いますが、なにもしらない被害者はあたかも事後の高額請求に応じなければならないのか、、と思わされて応じてしまうというやり口です。毎晩毎晩何人も何人もこのひどいやり口にパニックになって、かつそれを警察が見殺しにするせいで救える人まで救われずに、支払ってしまい、ぼったくり商売(ではなく恐怖を背景にした単なる詐欺です)がそこそこ繁盛という悪循環がとまりません。とめるためには被害者が闘うことが一番です。私だったら絶対に払いません。健闘を祈ります。

なんで弁護士になろうと思った?

弁護士業というのは、人様の深刻ななにかに首を突っ込むという仕事なんですね。二十歳ぐらいの私は、そんな仕事につきたいと思いました。性根が野次馬なんです、私は。そしてこの仕事なら一生飽きることがないだろうとも思っていました。表面的にはあらゆる人間関係を整理する仕事ともいえますが、欲を言えばその心のドロドロジメジメをポイするお手伝いができればと思うようになりました、最近は。

歌舞伎町でぼったくりを撲滅することはできるのでしょうか? そして、私たち一人一人がなにかできることはないのでしょうか? きたる東京オリンピックまでに、たくさんの観光客が東京を楽しんでもらえるように 撲滅を行うべきです。

ほぼ壊滅というところまでは必ず実現できると考えています。あなた様と同じようにひとりでも多くの人が自分のこととして受け止めることが第一歩ですよね。歌舞伎町のことなんて関係ない、行くほうがわるい、繁華街には怖さも必要などと他人事のようなことをいう人がひとりでも少なくなればと思っております。東京オリンピックまであと5年ですか。ひとりひとりが賢くなること。ひとりひとりが優しくなること。それができれば実現できます。少しわかりにくいですか。各論としては裁判なんか怖くない、(少なくともぼったくり被害に関しては)裁判で決着つけようじゃないのという人がたくさんでてくればぼったくり店も激減するでしょう。また新たな手口がでてこようが、そのときはそのときで必ず対抗策はあります。イタチごっこなどではありません。撲滅する強い意志と知恵比べに負けない覚悟を持ち続ければ、もっともっと安心して遊べる歌舞伎町(に限らない話なのです。)にすることができるはずです。ぼったくりをやっている人が真面目に商売をしている人にとってどれだけ罪なことをしているか、平凡な日々を送っている成人男性の自尊心と懐を痛めつけることがどれだけ罪深いことか、警察が放置しているに等しいからといって大きな声で酔客を恫喝することがどれだけ地獄の所業かということに気づくとよいのですが、本当に一部の人達なのです。皆の声で皆の行動で必ず(ほぼ)撲滅はできます。本当です。2020年に海外からの多数の観光客が東京を楽しむ光景が目に浮かびます。楽しみですね。

教養とは、どのようなものとお考えですか?

あらゆる因果関係を正しく理解、予測する力のことを教養というのだと思います。自分が過去や未来とつながっている存在であること。自分がまわりの人々とつながっている存在であること。そのすべてが影響を与え合っていること。それを正しく理解して、さらにそれを未来へ活かす予測ができる人。そんな教養がある人に私はなりたい。要は、自分の立ち位置(すべきこと)をよくわかっている人のことを教養があるというのではないかと。

先日、ここでボッタクリあったといったものです。 今、自分の行動でものすごく後悔しています。 友達も傷つけてしまったので。 先生も後悔しますか? 前に進まないといけないとわかっていますが、 踏ん切ることがなかなかできない弱い自分です。

そうですか。私も後悔ばかりの人生です。友達を傷つけてしまいましたか。そんなこともあります。前に進まないといけないですか。まあ焦ることもないです。踏ん切りがつかないですか。そんなこともあります。弱い自分ですか。強ければいいのだろうか。
自分のことばかり考えるとだんだん暗くなりますので、人のことや自然のことやてんとう虫(最近草むらにいますので探してみてください)ことを考えてみてください。なんとなく気分がかわっていきます。
あなたのことを大切に思う人はかならずいるものです。それは誰でしょうか。あなたが後悔に苦しみ、いつまでも暗く沈んでいたら、その人はどんな気持ちになるでしょう。あなたが笑顔でいてくれるだけで、その人はうれしい気持ちになるのではないですか。あなたが久しぶりに顔をみせるだけで、その人は大喜びしてくれるのではないですか。そんな人は必ずいます。いないならあなたが誰かにとってそんな存在になればいいと思います。あなたならなれると思います。弱い人には弱い人なりの強さというものがあるものです。私はそんなことを考えて生きています。またお話きかせてください。

先日キャッチに捕まり、ホテヘルと言われその店長が写真を見せに来ると言われ、その店長を名乗る人に18000円でいいと言われ14000円その場で払い、店に行ったところ、その店長を名乗る人とは店は全くの無縁でした!その後、一回入ってしまったので、最低額のコースを払わないと言われ、3万円の2時間コースと言われ入ったが、一向に女の子がこないで、途中で電話したら、入ってから、1時間も経ってないのに延長料金を請求されました。持ち金がなく一旦家に帰ったのですが、延長料金払いに行ったほうがいいのでしょうか?キャッシュカードの残高だけは取られました!

詐欺ですね。本当に災難でした。これ以上の支払ですが、全く理由のない請求ですので、当然払いにいきません。私だったら。以下は余談です。
私のぼったくりサイトの問合せフォームにある質問に具体的に詳細に回答したものをつくれば自動的に被害報告書ができあがります。それをもって警察に被害届を提出しに行くことをおすすめします。警察の対応や、どのようなことをすれば犯罪被害者としての救済を受けられるのだろうかといったお題目について、深い理解が得られること請け合いです。そのうえされに現実に被害届が受理されればいうことなしです。恐怖心もあろうかと思いますので、ぜひ警察への相談だけはされたほうがよいと思います(そこで警察がこちらを安心させてくれる対応をしてくれるどうかは全く別問題なのですが、いくだけはいったほうがよいというのが私の考えです)。

Loading…

Ask @KatsuyukiAoshima:

About 弁護士青島克行:

人生相談の回答をします。情報収集目的のようなご質問には回答するのをやめました。ごめんなさい。

http://aoshima-katsuyuki.com/
http://aoshima-katsuyuki-kabukichou.com/
http://www.umitosola.jp/
http://www.umitosola.com/

More